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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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放課後~散ればこそ 4

「さて、と。始めるか?」


 桜の木の下で、圭吾さんが上を見上げて言った。


 地面には白いポリタンクが三つ。それと小振りの米袋みたいな、重そうなビニール袋が一つ。


「涌き水と木灰と――奉納する物は?」


 司先生が尋ねると、要さんが胸ポケットからハンカチを取り出した。


「奉納品はこの木の命。不足はないだろう」


「何が始まるの?」


 わたしは小声で悟くんに聞いた。


「さあ? 僕は何も聞いてないけど? 巧兄貴は?」


「聞いてる。でも教えない。楽しみがなくなるだろ?」


「見たところ、何か神事(かみごと)みたいだけど」


 巧さんはニンマリと笑った。


「お前は力が強いくせに一族の仕事には無関心だからな。まあ、見とけ。羽竜一族は、黴の生えたしきたりを守り続けて来た訳じゃない」


「えーと、枝の上に女の人がいるんだけど」


 美幸が、片手で日差しを遮るようにして言った。


「どこ?」


 片岡先生がキョロキョロする。


「先生には見えないですよ」

 美月が口を挟む。

「わたしにも見えないですけど。滝田先輩は『遠見(とおみ』なんです」


「うーん……いいや。もう何を見聞きしても驚かない」


「相変わらず肝が据わってるね。男前」


 片岡先生のお友達が笑った。

 お友達は、総合病院の看護士さんだ。道理で、どこかで見た顔だと思ったはず。


「この中で一番若いのは? アイ?」


 圭吾さんに呼ばれて、アイちゃんが怖ず怖ずと前に出た。圭吾さんはビニール袋の中の灰を升で掬い、アイちゃんに差し出した。


「これを持っていてくれ」

「でも……あたし、羽竜家の子じゃないし」

「君は松子さんの娘だろう? 君もれっきとした、僕が守るべき羽竜の子だ」


 アイちゃんは耳まで真っ赤になりながら、圭吾さんから升を預かった。

 圭吾さん達は袋に残った灰を木の根本に撒き、その上からポリタンクの水をかけた。

 それから、司先生が両手を一拍打ち鳴らして、口を開いた。


百年(ももとせ)なる咲良(さくら)比女(ひめ)より、綿津見(わたつみ)なる竜城(たつき)御神(おんかみ)へ願い奉る」


 要さんが、アイちゃんの持つ升の中に桜の命のかけら達を入れて、言葉を継ぐ。


今一度(いまひとたび)の春を(まと)わん事を、我が玉の緒を納め、伏して願い奉る」


 圭吾さんがアイちゃんから升を受け取った。


言祝(ことほ)ぎ、言祝(ことほ)げ」

 圭吾さんが升の中の灰を撒きながら言う。

「今一度の花を咲かせん」


 圭吾さんは逆手で升を持ち直すと、左から右へと大きく腕を払った。


 升の中の灰が弧を描いて宙に散る。


「咲け」


 言葉が空気を震わせた。


 ――ああ、花が


 桜の花びらが舞い、枯れかけた枝に満開の花が咲いた。願いの花が。命と引き換えの最後の花が。


 きれい……


「お見事」

 悟くんが言った。

「花咲か兄さんってとこだね」


「口が減らないわね」

 亜由美が皮肉るように言った。

「でも、本当に見事な花だわ」


 夢のような光景。まるで桜色の雲だ。どこか懐かしい光景のような気がして、そして―――思い出した。


 小学生の時、親父と二人で行った遊園地で、ピンクのフワフワの服を着た女の子とすれ違った。女の子は泣いて、駄々をこねていた。

 『ずるい』と思った。

 わたしなら、もっといい子に出来る。わたしなら、わがまま言ったりしない。


 なのにどうして?


 あの子にはパパもママもいて、わたしのママはいないの? 不公平だ――


 やっと分かった。


 わたしがゴールデンウイークに出かけたくなかったのは、家族連れを見るのが嫌だったからだ。


 いつの間にか、圭吾さんがわたしの傍らにひざまずいていた。


「泣かせるつもりはなかったんだけど?」

「失礼ね、泣いてなんかいないわよ――座って」


 圭吾さんの肩に頭を寄せて桜を見る。


「きれいね」

「ああ。そうだね」

「圭吾さん」

「ん? 何?」

「やっぱりゴールデンウイークは圭吾さんと出かける」


 圭吾さんは何も言わずに、わたしの頭を撫でた。


「よーし、花も咲いたことだしパーッと宴会しちゃいましょう!」

 美月が立ち上がって言った。

「まずは乾杯ですかね?」


「オッサンみたい」


 悟くんがボソッと言い、美幸が爆笑した。




 わたし達から一人離れて、要さんが桜の木の下で枝を見上げていた。

 その耳には何が聞こえているのだろう? 桜は喜んでいるだろうか。








 散ればこそ いとど桜はめでたけれ


 憂き世になにか久しかるべき








 ー第六話 終ー





『散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか久しかるべき』


伊勢物語です。


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