放課後~散ればこそ 2
「全く、酔狂なもんだね」
白衣姿の松子さんが腰に手をあてて、葉もまばらな一本桜を見上げて言った。
「花のない桜で花見だなんて」
「でも、楽しそうじゃん」
養女のアイちゃんが、松子さんの隣で同じように桜を見上げた。
「あたし花見すんの初めて」
「わたしも初めてだよ。ワクワクするね」
わたしがそう言うと、地面にシートとブランケットを敷いていた男性陣が、一斉にわたしを見た。
何?
「嘘だろ……花見も初めて?」
圭吾さんが、こめかみを押さえた。
すると、お皿とコップの入った箱を覗き込んでいた彩名さんが顔を上げた。
「あら、何でも圭吾とするのが初めてだなんてステキじゃなくて?」
「だ·ま·れ、彩名」
「花見にはいくつかルールがある」
分家の巧さんが言った。
「テレビで見たことない? 男は必ずネクタイを頭に巻くんだ」
頷いてるけどアイちゃん、それ嘘だから。
パクンと、小気味いい音がした。
「いっってぇ」
巧さんが頭を押さえた。
「子供に下らない嘘を教えるんじゃない」
松子さんが手の平を振りながら言った。
「とんだ石頭だね、巧。こっちの手の方が痛いわ」
松子さん、その『子供』にわたしは入ってないでしょうね。
「ちょっとした冗談じゃないか」
巧さんは文句を言った。
「だいたいね、高校の校長とお巡りが参加する花見だよ? 学校行事くらい品行方正なんだから、冗談くらい大目に見てくれよ」
「その校長センセはどうしたの?」
悟くんが訊いた。
「美月を拾ってから来るって言ってたよ」
と、大輔くん。
「それに、俺が頼んだ物を受け取りに寄ってから来るんだ」
さらに横から、要さんが言った。
「松子オババ、これどこに置けばいい?」
ペットシェルターの手伝いをしている子達が、キャスター付きの大きなクーラーボックスを引きずって来た。
「あ、それはこちらに下さる?」
彩名さんが声をかけると、子供達は真っ赤になりながら、指定された場所にクーラーボックスを運んだ。
「松子さん、子供達にいい影響を与えたいなら、あのくらい上品な言葉遣いをしなきゃ」
巧さんがからかうように言う。
松子さんは鼻を鳴らした。
「生き物にはね『素養』ってもんがあるんだよ。桜の木に梅は咲かないのさ。梅は梅らしく咲く方が綺麗だよ」
「だけどさ、いいところを見習うのも大切じゃない?」
アイちゃんがそう言うと、松子さんは愛おしむようにアイちゃんの頭を撫でた。
「その通りだよ。彩名はね、誰に対しても優しいんだ。そういう所を見習いな。けど、彩名になる必要はない。アイはアイで素晴らしいんだから」
アイちゃんは恥ずかしそうに笑うと、要さんの所に行った。
「要ちゃん、今の聞いた?!
「ああ、聞いたよ」
「あたし、すごい?」
「うん。滅多に褒めない松子さんが褒めたくらいだ。すごいよ」
「もっと頑張るからね。アイが大人になるまで待っててね」
要さんは『いいよ』って言って、アイちゃんの頭をポンポンと軽く叩いた。
あれ??
「どうした? 難しい顔して」
圭吾さんがわたしの横に来た。
「んー、何かな……余計なお世話かもしれないけど、あれ本気じゃないよね」
わたしは、要さんとアイちゃんに目をやりながら言った。
「ああ……」
圭吾さんはクスッと笑った。
「要が本気かどうか君に分かるの?」
「失礼ね、分かるわよ。圭吾さんもお兄さんみたいな態度をとる時あるけど、ああじゃない」
「そうだな……可愛いと思ってるだろうが、あれは恋って感じじゃないね」
「なのに軽々しくあんな約束していいの? アイちゃん、本気にしない?」
「アイはあと何年かしたら、要以外の奴と本当の恋をするだろう。あの約束は、それまで側で見守っているって意味だと思うよ」
「アイちゃんが、大人になっても要さんを本気で好きだったら?」
「要を振り向かせる努力をすればいい」
圭吾さんはスッと目を伏せた。
「それに大人になれば、人の気持ちが思い通りにならない事を理解できるようになる」
圭吾さんみたいに? 理解できたって、悲しい思いをするのは同じでしょ?
「わたしは――」
声がかすれて咳ばらいをする。
圭吾さんが目を上げてわたしを見た。
「圭吾、兄貴の車が来たぞ」
巧さんが呼んだ。
「今行く――ちょっと荷物を下ろすのを手伝って来るよ」
わたしは頷いて、圭吾さんの背中を見送ろうとしたけれど――
「圭吾さん!」
宙に浮いたままの言葉を伝えたい。
圭吾さんが振り向いた。
「わたしのは本気だからね」
わたしの言葉に、圭吾さんは一瞬驚いたように目を見張ってから、ふっと微笑んだ。
「そうでなくては困るよ」




