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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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放課後~散ればこそ 2

「全く、酔狂なもんだね」

 白衣姿の松子さんが腰に手をあてて、葉もまばらな一本桜を見上げて言った。

「花のない桜で花見だなんて」


「でも、楽しそうじゃん」

 養女のアイちゃんが、松子さんの隣で同じように桜を見上げた。

「あたし花見すんの初めて」


「わたしも初めてだよ。ワクワクするね」


 わたしがそう言うと、地面にシートとブランケットを敷いていた男性陣が、一斉にわたしを見た。


 何?


「嘘だろ……花見も初めて?」


 圭吾さんが、こめかみを押さえた。

 すると、お皿とコップの入った箱を覗き込んでいた彩名さんが顔を上げた。


「あら、何でも圭吾とするのが初めてだなんてステキじゃなくて?」


「だ·ま·れ、彩名」


「花見にはいくつかルールがある」

 分家の巧さんが言った。

「テレビで見たことない? 男は必ずネクタイを頭に巻くんだ」


 頷いてるけどアイちゃん、それ嘘だから。


 パクンと、小気味いい音がした。


「いっってぇ」


 巧さんが頭を押さえた。


「子供に下らない嘘を教えるんじゃない」

 松子さんが手の平を振りながら言った。

「とんだ石頭だね、巧。こっちの手の方が痛いわ」


 松子さん、その『子供』にわたしは入ってないでしょうね。


「ちょっとした冗談じゃないか」

 巧さんは文句を言った。

「だいたいね、高校の校長とお巡りが参加する花見だよ? 学校行事くらい品行方正なんだから、冗談くらい大目に見てくれよ」


「その校長センセはどうしたの?」


 悟くんが訊いた。


「美月を拾ってから来るって言ってたよ」


 と、大輔くん。


「それに、俺が頼んだ物を受け取りに寄ってから来るんだ」


 さらに横から、要さんが言った。


「松子オババ、これどこに置けばいい?」


 ペットシェルターの手伝いをしている子達が、キャスター付きの大きなクーラーボックスを引きずって来た。


「あ、それはこちらに下さる?」


 彩名さんが声をかけると、子供達は真っ赤になりながら、指定された場所にクーラーボックスを運んだ。


「松子さん、子供達にいい影響を与えたいなら、あのくらい上品な言葉遣いをしなきゃ」


 巧さんがからかうように言う。


 松子さんは鼻を鳴らした。


「生き物にはね『素養』ってもんがあるんだよ。桜の木に梅は咲かないのさ。梅は梅らしく咲く方が綺麗だよ」


「だけどさ、いいところを見習うのも大切じゃない?」


 アイちゃんがそう言うと、松子さんは愛おしむようにアイちゃんの頭を撫でた。


「その通りだよ。彩名はね、誰に対しても優しいんだ。そういう所を見習いな。けど、彩名になる必要はない。アイはアイで素晴らしいんだから」


 アイちゃんは恥ずかしそうに笑うと、要さんの所に行った。


「要ちゃん、今の聞いた?! 

「ああ、聞いたよ」

「あたし、すごい?」

「うん。滅多に褒めない松子さんが褒めたくらいだ。すごいよ」

「もっと頑張るからね。アイが大人になるまで待っててね」


 要さんは『いいよ』って言って、アイちゃんの頭をポンポンと軽く叩いた。


 あれ??


「どうした? 難しい顔して」


 圭吾さんがわたしの横に来た。


「んー、何かな……余計なお世話かもしれないけど、あれ本気じゃないよね」


 わたしは、要さんとアイちゃんに目をやりながら言った。


「ああ……」

 圭吾さんはクスッと笑った。

「要が本気かどうか君に分かるの?」


「失礼ね、分かるわよ。圭吾さんもお兄さんみたいな態度をとる時あるけど、ああじゃない」

「そうだな……可愛いと思ってるだろうが、あれは恋って感じじゃないね」

「なのに軽々しくあんな約束していいの? アイちゃん、本気にしない?」

「アイはあと何年かしたら、要以外の奴と本当の恋をするだろう。あの約束は、それまで側で見守っているって意味だと思うよ」

「アイちゃんが、大人になっても要さんを本気で好きだったら?」


「要を振り向かせる努力をすればいい」

 圭吾さんはスッと目を伏せた。

「それに大人になれば、人の気持ちが思い通りにならない事を理解できるようになる」


 圭吾さんみたいに? 理解できたって、悲しい思いをするのは同じでしょ?


「わたしは――」


 声がかすれて咳ばらいをする。


 圭吾さんが目を上げてわたしを見た。


「圭吾、兄貴の車が来たぞ」


 巧さんが呼んだ。


「今行く――ちょっと荷物を下ろすのを手伝って来るよ」


 わたしは頷いて、圭吾さんの背中を見送ろうとしたけれど――


「圭吾さん!」


 宙に浮いたままの言葉を伝えたい。


 圭吾さんが振り向いた。


「わたしのは本気だからね」


 わたしの言葉に、圭吾さんは一瞬驚いたように目を見張ってから、ふっと微笑んだ。


「そうでなくては困るよ」




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