放課後~散ればこそ 1
「はい、どうぞ」
ノックの返事が聞こえたので、わたしは引き戸を開けた。
「片岡先生、こんにちは」
養護の先生は、顔を上げてわたしを見た。今日も白衣に黒のパンツ。化粧っ気はまるで無し。
「ああ、三田さん。足の具合はどう?」
「ほとんど良くなりました」
「そりゃあよかった。こっち来て座りな」
わたしは保健室の中に入り、片岡先生が勧めてくれた椅子に座った。
「で? 今日はどうした?」
「えーと、あのね」
もう! わたしって小学生? 思った事、ハッキリと言う!
「先生、今度の土曜日、暇? じゃなかった――用事はありますか?」
片岡先生はプッと吹き出した。
「この町に来たばっかりだからね、暇だよ」
よかった!
「じゃ、お花見しませんか?」
「花見? まだ咲いてる桜があるの?」
「花はないんです」
わたしは勢い込んで言った。
「もうすぐ切られる木があって――樹齢三百年の桜なんですけど、枯れかかってるから花は咲かないんです。でも、長年みんながお花見をしてきたから、最後にみんなで見送ろうと思うんです」
「素敵だね」
片桐先生はニッコリと笑って言った。
「それ、どこなの?」
わたしは地図を書いたカードを差し出した。
「お友達も誘って来て下さい! お弁当はこちらで用意してます!」
「ふふ、ありがとう。そりゃ是非ご馳走になりに行かなきゃ」
やった!
「じゃあ、わたしはこれで。もう一人、誘う人がいるんで」
わたしは立ち上がった。
「土曜日、絶対来て下さいね」
「はいよ。また遊びにおいで」
わたしは一礼して保健室を後にすると、階段を上った。
さて、と。今度は責任重大。
わたしは深呼吸して、校長室の重そうな木製のドアをノックした。
――どうぞ
「失礼します」
わたしがドアを開けると、司先生は立ち上がった。
「志鶴さん? 何かありましたか?」
「いえ、あの、今日はお花見の事で来ました」
「ああ……要から聞いていますよ――中へどうぞ」
わたしは校長室の中に入り、司先生の机の前に立った。
「土曜日にやるそうですね」
「はい。それで、司先生にお願いがあって来ました」
「何でしょう?」
「土曜日、来て下さい。優月さんも一緒に」
司先生は怯んだように見えた。顔色ひとつ変えなかったけれど。
「いや、それは……」
言葉を濁す司先生に、わたしは白い封筒を差し出した。
「圭吾さんからです。わたしが誘っても、司先生は来ないだろうからって、書いてくれました」
仲直りしたといっても、司先生は未だにどこか圭吾さんに遠慮している。
「今、読んでもいいですか?」
「どうぞ」
圭吾さんは何を書いたんだろう? 聞いても、『内緒だよ』って教えてくれなかったけど……?
司先生はペーパーナイフで封を開いた。中から、淡い緑色の便箋が出てきた。司先生は手紙の文字を目で追い、柔らかな笑みを浮かべた。
「分かりました。必ず二人で行くと、圭吾に伝えて下さい」
「ありがとうございます!」
わたしは跳ね上がりたい気持ちを押さえて、お礼を言った。
「土曜日、待ってますからね。絶対ですよ」
「ええ。約束しますよ」
圭吾さんが何を書いたにしろ、司先生にとっては大切な事だったらしく、わたしが校長室を出る時もまだ、司先生は広げた手紙を手にしたままだった。
「志鶴さん」
校長室を出て行こうとするわたしに、司先生は声をかけた。
「はい?」
わたしが振り返ると、司先生は手紙を見つめたままポツリと言った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
わたしは校長室のドアを静かに閉めた。