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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編
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放課後~散ればこそ 1

「はい、どうぞ」


 ノックの返事が聞こえたので、わたしは引き戸を開けた。


「片岡先生、こんにちは」


 養護の先生は、顔を上げてわたしを見た。今日も白衣に黒のパンツ。化粧っ気はまるで無し。


「ああ、三田さん。足の具合はどう?」

「ほとんど良くなりました」

「そりゃあよかった。こっち来て座りな」


 わたしは保健室の中に入り、片岡先生が勧めてくれた椅子に座った。


「で? 今日はどうした?」

「えーと、あのね」


 もう! わたしって小学生? 思った事、ハッキリと言う!


「先生、今度の土曜日、暇? じゃなかった――用事はありますか?」


 片岡先生はプッと吹き出した。


「この町に来たばっかりだからね、暇だよ」


 よかった!


「じゃ、お花見しませんか?」


「花見? まだ咲いてる桜があるの?」


「花はないんです」

 わたしは勢い込んで言った。

「もうすぐ切られる木があって――樹齢三百年の桜なんですけど、枯れかかってるから花は咲かないんです。でも、長年みんながお花見をしてきたから、最後にみんなで見送ろうと思うんです」


「素敵だね」

 片桐先生はニッコリと笑って言った。

「それ、どこなの?」


 わたしは地図を書いたカードを差し出した。


「お友達も誘って来て下さい! お弁当はこちらで用意してます!」


「ふふ、ありがとう。そりゃ是非ご馳走になりに行かなきゃ」


 やった!



「じゃあ、わたしはこれで。もう一人、誘う人がいるんで」

 わたしは立ち上がった。

「土曜日、絶対来て下さいね」


「はいよ。また遊びにおいで」


 わたしは一礼して保健室を後にすると、階段を上った。


 さて、と。今度は責任重大。


 わたしは深呼吸して、校長室の重そうな木製のドアをノックした。


 ――どうぞ


「失礼します」


 わたしがドアを開けると、司先生は立ち上がった。


「志鶴さん? 何かありましたか?」

「いえ、あの、今日はお花見の事で来ました」

「ああ……要から聞いていますよ――中へどうぞ」


 わたしは校長室の中に入り、司先生の机の前に立った。


「土曜日にやるそうですね」

「はい。それで、司先生にお願いがあって来ました」

「何でしょう?」

「土曜日、来て下さい。優月さんも一緒に」


 司先生は怯んだように見えた。顔色ひとつ変えなかったけれど。


「いや、それは……」


 言葉を濁す司先生に、わたしは白い封筒を差し出した。


「圭吾さんからです。わたしが誘っても、司先生は来ないだろうからって、書いてくれました」


 仲直りしたといっても、司先生は未だにどこか圭吾さんに遠慮している。


「今、読んでもいいですか?」

「どうぞ」


 圭吾さんは何を書いたんだろう? 聞いても、『内緒だよ』って教えてくれなかったけど……?


 司先生はペーパーナイフで封を開いた。中から、淡い緑色の便箋が出てきた。司先生は手紙の文字を目で追い、柔らかな笑みを浮かべた。


「分かりました。必ず二人で行くと、圭吾に伝えて下さい」

「ありがとうございます!」


 わたしは跳ね上がりたい気持ちを押さえて、お礼を言った。


「土曜日、待ってますからね。絶対ですよ」

「ええ。約束しますよ」


 圭吾さんが何を書いたにしろ、司先生にとっては大切な事だったらしく、わたしが校長室を出る時もまだ、司先生は広げた手紙を手にしたままだった。


「志鶴さん」


 校長室を出て行こうとするわたしに、司先生は声をかけた。


「はい?」


 わたしが振り返ると、司先生は手紙を見つめたままポツリと言った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 わたしは校長室のドアを静かに閉めた。




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