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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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課外授業~命の声 4

「それが桜の本体?」


 ガラス玉を拾い上げる圭吾さんに、悟くんが訊いた。


「そうだ」


「そんなに小さかったんだな」

 悟くんはフウッと息を吐いた。

「霊力っていうか、想いが強すぎて、普通のやり方じゃ僕には止められなかった。死ぬかと思ったよ――あー、すっごい匂い。当分、桜餅食べたくない」


 同感。


「二人とも、何でこんなに時間がかかったのさ?」


「今回は厄介な事になっていてね」


「これだよ」


 要さんが胸ポケットからハンカチを取り出しながら言った。

 ハンカチを広げると、ガラスのかけらのような物がいくつも乗っていた。


「俺達が一本桜の所に行った時、木は空っぽだった。気配を追って行くと、見つかるのは分離したかけらばかりで」


「そんな欠けた状態で、よくこの家に入り込めたね」


「うちの門の外にもいくつかかけらが落ちていたよ。並の樹霊なら砕けていたことだろう」


 圭吾さんがハンカチの上に、拾い上げたガラス玉を乗せながら言った。


「壊れても壊れても、どうしても志鶴を追いたかったようだ。志鶴の力に惹かれたんだろうが、どうするつもりだったのかさっぱり分からない」


 要さんはそっと薄紅色の玉を撫でた。


「こいつは勘違いしたんだよ」


 勘違いって?


「志鶴ちゃんに惹かれてフラフラついて来て、何かの弾みで志鶴ちゃんの持つ力に触れたんだ。その時、命の一部が欠けたのを、若返ったのだと思い込んでしまったらしい」


 身が軽くなって、若返った気がして、それでわたしの周りをウロウロしてたのだと、要さんは言った。


「わたしには力なんてないのに」


 要さんは首を横に振った。


「君は身の内に光り輝く力を持っているよ。弱れば、そこから光に触れられる。だから怪我をさせた――そう言っている」


「若返りたくて?」


「いや、もう一度花を咲かせたくて――」


 圭吾さんが、ガラス玉を見つめて言った。


 自分がもうすぐ枯れてしまうのは、分かっていた。だからこそ、桜は願ったのだと言う。

 もう一度咲きたい。

 人が賑やかに集まるのを見たい。

 枝を見上げて綺麗だと微笑む顔が見たい。

 もう一度。


 小さな、ささやかな願い……


「やっぱり、あの木を切らなきゃダメ?」


 わたしの言葉に圭吾さんが頷く。


「黙っていればあと二、三年はもったのだろうが、命がこんなに欠けてしまったのでは……」


 そうだ!


「お花見しましょ」


 六つの目がわたしを見た。


「切ってしまう前に。花はなくたっていいじゃない。みんなを集めて、あの木の下でお花見しましょ」


 みんなでお弁当を広げて、おしゃべりして、笑って、そうして枯れゆく木に別れを告げよう。


「いいね」

 悟くんが言った。

「風流じゃない。なあ、圭吾?」


「ああ。そうだな。三百年は生きてきた木だ。それくらいの見送りが相応しいのかもしれない」


「あ、でも松子さんに了解もらわなきゃ」


 あそこは松子さんの土地だもの。


「彼女はいいと言うと思うよ。それに、そういう事は僕が手配するから気にしなくていい」


「そう? じゃあ、わたしは人を集めるね。誰を呼んでもいい?」


「まるで子供の誕生日パーティーだな」

 圭吾さんは苦笑した。

「好きにしなさい」


 『子供の』って言葉にちょっと引っかかったけど、まあいいわ。


「土曜日か日曜日――要さん、どっちがいい?」


「えっ、俺?」


「そうよ。要さんがいなきゃダメよ。だって、お友達なんでしょ? その桜と」


 要さんは一瞬絶句して、右手の指で目頭を押さえた。それから正座して、わたしに深々と頭を下げた。


「志鶴ちゃん、ありがとう。本当にありがとう」


 その声は微かに震え、泣いているようだった。





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