課外授業~命の声 4
「それが桜の本体?」
ガラス玉を拾い上げる圭吾さんに、悟くんが訊いた。
「そうだ」
「そんなに小さかったんだな」
悟くんはフウッと息を吐いた。
「霊力っていうか、想いが強すぎて、普通のやり方じゃ僕には止められなかった。死ぬかと思ったよ――あー、すっごい匂い。当分、桜餅食べたくない」
同感。
「二人とも、何でこんなに時間がかかったのさ?」
「今回は厄介な事になっていてね」
「これだよ」
要さんが胸ポケットからハンカチを取り出しながら言った。
ハンカチを広げると、ガラスのかけらのような物がいくつも乗っていた。
「俺達が一本桜の所に行った時、木は空っぽだった。気配を追って行くと、見つかるのは分離したかけらばかりで」
「そんな欠けた状態で、よくこの家に入り込めたね」
「うちの門の外にもいくつかかけらが落ちていたよ。並の樹霊なら砕けていたことだろう」
圭吾さんがハンカチの上に、拾い上げたガラス玉を乗せながら言った。
「壊れても壊れても、どうしても志鶴を追いたかったようだ。志鶴の力に惹かれたんだろうが、どうするつもりだったのかさっぱり分からない」
要さんはそっと薄紅色の玉を撫でた。
「こいつは勘違いしたんだよ」
勘違いって?
「志鶴ちゃんに惹かれてフラフラついて来て、何かの弾みで志鶴ちゃんの持つ力に触れたんだ。その時、命の一部が欠けたのを、若返ったのだと思い込んでしまったらしい」
身が軽くなって、若返った気がして、それでわたしの周りをウロウロしてたのだと、要さんは言った。
「わたしには力なんてないのに」
要さんは首を横に振った。
「君は身の内に光り輝く力を持っているよ。弱れば、そこから光に触れられる。だから怪我をさせた――そう言っている」
「若返りたくて?」
「いや、もう一度花を咲かせたくて――」
圭吾さんが、ガラス玉を見つめて言った。
自分がもうすぐ枯れてしまうのは、分かっていた。だからこそ、桜は願ったのだと言う。
もう一度咲きたい。
人が賑やかに集まるのを見たい。
枝を見上げて綺麗だと微笑む顔が見たい。
もう一度。
小さな、ささやかな願い……
「やっぱり、あの木を切らなきゃダメ?」
わたしの言葉に圭吾さんが頷く。
「黙っていればあと二、三年はもったのだろうが、命がこんなに欠けてしまったのでは……」
そうだ!
「お花見しましょ」
六つの目がわたしを見た。
「切ってしまう前に。花はなくたっていいじゃない。みんなを集めて、あの木の下でお花見しましょ」
みんなでお弁当を広げて、おしゃべりして、笑って、そうして枯れゆく木に別れを告げよう。
「いいね」
悟くんが言った。
「風流じゃない。なあ、圭吾?」
「ああ。そうだな。三百年は生きてきた木だ。それくらいの見送りが相応しいのかもしれない」
「あ、でも松子さんに了解もらわなきゃ」
あそこは松子さんの土地だもの。
「彼女はいいと言うと思うよ。それに、そういう事は僕が手配するから気にしなくていい」
「そう? じゃあ、わたしは人を集めるね。誰を呼んでもいい?」
「まるで子供の誕生日パーティーだな」
圭吾さんは苦笑した。
「好きにしなさい」
『子供の』って言葉にちょっと引っかかったけど、まあいいわ。
「土曜日か日曜日――要さん、どっちがいい?」
「えっ、俺?」
「そうよ。要さんがいなきゃダメよ。だって、お友達なんでしょ? その桜と」
要さんは一瞬絶句して、右手の指で目頭を押さえた。それから正座して、わたしに深々と頭を下げた。
「志鶴ちゃん、ありがとう。本当にありがとう」
その声は微かに震え、泣いているようだった。




