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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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課外授業~命の声 3

「あの馬鹿、自分もろとも封印してしまったんだ」


 要さんが苦々しく言う。


「悟くん、どのお兄さんでもいいから電話してって言ってた。必ず助けてくれるって信じてるんだわ」


 要さんは苛立ったように岩を蹴って、『くそ生意気なくせに、こんな時だけ弟面すんなよ!』と、怒った。


 きっと、悟くんを助けられない自分が歯がゆいんだ。


「志鶴、君の髪をくれ」


 圭吾さんが言った。


「わたしの髪で効き目あるの?」


 羽竜の血筋の彩名さんの方がよくない?


「君のがいいんだよ」


 そう?


「要、ハサミを持ってるだろう?」


「どうしてお前達一般市民は、お巡りが何でも持ってると思うんだよ」

 要さんはため息混じりに言った。

「右側のポケットにマルチツールが入っている」


 圭吾さんは要さんのズボンのポケットを探って、細長い四角の金属の塊を取り出した。それは圭吾さんの手の中で引っ張られ、捻られて、魔法みたいに形が変わった。


「はい。ここの部分がハサミになってるから」


 ドライバーや缶切りもあるみたい。


 わたしはハサミで髪の先を一房切って、圭吾さんが広げる懐紙の上に置いた。圭吾さんはそれを丁寧にたたんだ。

 わたしがハサミを渡そうとすると、圭吾さんは後ろを振り返った。


「要、これ鉄か?」

「ああ、ステンレスだ」

「じゃあ、これは志鶴が預かっていて。魔除けになるから」


 圭吾さんは、わたしに金属の塊を持たせた。


「少しじっとしていて、キスするからね」


 へっ?


 圭吾さんが体を屈めた。


「唇、少し開いて」


 言われた通りにする。唇がそっと重なって離れる直前に、圭吾さんが息を吸った。軽く目眩がした。


 何? 今の何?


 圭吾さんは閉じていた目を開いた。

 気圧されそうな眼差しの強さに、危うく後退りしそうになった。

 寸前で堪える。

 圭吾さんの中に龍がいる――強く、烈しい龍が。でも、怖くない。これも圭吾さんの一つの面だから。


 圭吾さんはわたしに向かって軽く頷き、要さんの横に立った。わたしの髪を包んだ懐紙を左手の指で挟み、両手を音高く一拍打ち鳴らす。


「開け」


 その言葉は床を這い、岩を震わせた。


「よし! そのまま開け!」


 要さんがそう言って、両腕に力を込めた。


 軋むような音と共に岩に亀裂が入り、緑色のモノが次から次へと溢れて来た。

 指先が見える。形のいい長い指、男の子にしては華奢な悟くんの指だ。

 要さんは岩の隙間に肩を入れ、悟くんの手を、腕を、肩を、渾身の力を込めて引っ張り出した。

 まるで子馬が生まれるように、悟くんの体がスルッと床の上に落ちた。悟くんは身動き一つしない。

 要さんは、悟くんの顔を覗き込んだ。


「くそっ! 息をしてない!」


 悲鳴が漏れそうになって、わたしは片手で口元を押さえた。

 要さんは、悟くんを俯せにして顔を横に向けさせると、背中を押しはじめた。そのまわりで緑色のモノがうごめいて集まり、形を作ろうとしていた。

 圭吾さんがもう一度手を打ち鳴らす。


「散れ」


 緑色のモノは細かい飛沫となって周囲に飛び散った。


「悟! 戻って来い!」

 要さんは、悟くんの背中を押し続けながら叫んだ。

「イツキ! 聞こえるか、イツキ?! お前の時はもうすぐ終わる。あの()の光を集めても、こいつの命を飲み込んでも、お前が若返る事はない!」


 岩の裂け目から風が吹きすさぶような音がする。


「辛いよな。悲しいよな。でも、どんな生命もいつか終りの時を迎えるんだ。イツキ、お前は綺麗だったよ。毎年毎年、春が来る度に満開のお前に見とれたよ。お願いだ、俺の中のお前の記憶を汚さないでくれ。俺の――俺の弟を連れて行かないでくれ!」


 悟くんの口から、緑色の液体がゴボッと音をたてて流れ出した。それから悟くんは、激しく咳き込んだ。


 生きてる!


「脅かすなよ、馬鹿野郎。死んだかと思ったぜ」


 要さんが大きく息をついて、床に座り込んだ。


「要兄貴でもビビる事あんの?」


 しわがれた声で、悟くんが茶化した。


「悟、大丈夫か?」


 圭吾さんが声をかけた。


「お蔭さまで」


「では、片をつけてしまうか」


 圭吾さんが岩の裂け目に片手をあてた。


「やっちゃって」


「綿津見なる竜城(たつき)の神より、百年(ももとせ)なる咲良(さくら)比女(ひめ)に申す」


 朗々とした声に合わせるように、圭吾さんの指先から光が立ち上った。


「これらは()(すえ)、こは吾が地なり。伏して下がれよ」


 光は龍のようにうねりながら、岩の周りをぐるりと巡った。裂け目からパキパキと音がする。程なく、岩は砂山ででもあったかのように、サラサラと崩れ落ちていった。


 その跡には、薄紅色のガラス玉のような物が残っていた。



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