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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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課外授業~命の声 1

 どうしよう、圭吾さんは留守なのに。


「『何か入り込んだ』の『何か』って何?」

「少なくとも人間じゃあないみたいだね。音が違う」


 音? 音なんてしてる?


「しづ姫には聞こえないよ。ペロには聞こえたようだけど」

「ど、どうしたらいいの? 探して追い出す?」

「家の中までは入って来ないよ」

「ホント?」

「たぶん」


 たぶん―――――っ?!


「冗談だよ」


 ホッとしたのもつかの間だった。


「敷地にだって勝手に入り込めないはずなんだから、家の中まで入って来ても不思議じゃない」


 冗談ってそっち?!


 憤慨すると、悟くんはニヤッと笑って、『怖くなくなったろ?』と、言った。


「ひどい」


 わたしは笑った。


 その時、廊下の方から猫のしっぽを踏ん付けたような『うぎゃっ!』という声がした。

 わたし達は顔を見合わせた。


「この家、猫もいたっけ?」

「いないわよ」


 ペロが吠えた。


『だ……誰かぁ……』


 和子さん?!


 悟くんが引き戸を開けて、廊下に出た。わたしも松葉杖をつきながら戸口から顔を出した。

 少し離れた先に、和子さんが腰を抜かしたように座り込んでいるのが見えた。


「和子ばあちゃん、どうした?!」


 近付いた悟くんの腕に、和子さんは勢いよく縋り付いた。


「さ、さ、悟様……何やら分からぬ影が目の前を通って、あちら側にススーッと……」


 和子さんが指差したのは、普段は使っていない棟へと続く廊下だ。


「落ち着いて。何だろうと悪さはしないから」


 悟くん、言葉の最後に『たぶん』って小さく聞こえたのは気のせい?


「僕が確かめて来るから、しづ姫といてあげて」


 悟くんがそう言うと、和子さんはハッとしたように居住まいを正した。


「いえ、わたしが見て参ります。大奥様と圭吾様から、万事滞りないようにと家の中の事を全て任されているのですから」

「無茶だって、ばあちゃん」


 うん、わたしもそう思う。


「お見苦しい所をお見せしまして、申し訳ありません。羽竜の御本家に仕える者としては、あるまじき事でございました」


 気丈にも、和子さんは立ち上がった。

 すると、わたしの足元をウロウロしていたペロが、急に耳をピンと立てて立ち止まった。


「ペロ? どうしたの?」


 何か聞こえたのだろうか、次の瞬間、ペロは勢いよく走りだした。


「ペロ?!」


 悟くんが捕まえようとしたけど、ペロは素早くすり抜けて行ってしまった。

 向かう先は、さっき和子さんが指差した方向。得体の知れない影が通って行った先だ。


「悟くん、どうしよう!」

「黙ってても戻って来るんじゃない?」

「戻って来なかったら?」


 もし、和子さんが見た影に食べられちゃったらどうするの?


「やっぱり僕が行った方がいいみたいだね」


「いいえ、わたしが参ります」

 和子さんが言った。

「悟様は、志鶴様をお守りするのが御役目ですから」


「わたしも行く!」


 だって、ペロはわたしの犬だもの。


 悟くんは困ったように顔をしかめた。


「僕が逃げろと言ったら、和子ばあちゃんはしづ姫を連れて逃げること。絶対に、だ。約束できる?」


 わたしと和子さんは頷いた。


「じゃあ、三人で行こう」


 いかにも渋々といった感じで、悟くんが言った。


 羽竜のお家は、増築と改築を繰り返してきた広くて複雑な建物だ。

 ペロが走って行った先は江戸時代の建物とかで、今はほとんど使っていない。かろうじて電気だけは通したらしく、和子さんがスイッチを入れると廊下に明かりが灯った。

 廊下の床がギイッと軋む。


「昔は防犯のために、わざと床鳴りがするように造ったらしゅうございます」


 音にビビるわたしに、和子さんが言った。


 う……そう言われても、少し怖い。でも、ペロを見つけなきゃ


「ペロ? どこぉ?」


 わたしはペロを呼びながら歩いた。


 こんな時、圭吾さんがいたらな……

 悟くんを信頼してないわけじゃない。でも圭吾さんだったら、きっと、あっという間にペロを見つけてくれる。圭吾さんがいたら何も困った事は起きなくて、心配する必要もなくて――


「ペロぉ?」


 廊下の先からテチテチと音がして、角からペロが顔を出した。


 よかった。無事だったんだ。


「ペロ! おいで!」


 わたしが呼ぶと、ペロは嬉しそうにしっぽを振ったけれど、こっちに来ようとはしない。食べる物でも持ってくればよかった。


「おいでってば!」


 わたしが近付くと、ペロはまたダッと走って行ってしまった。


「もう!」


 和子さんがふふふと笑った。


「きっと遊んでいるつもりなのですよ」


「やっぱりビシッとしつけなきゃダメなのね」


 わたしがそう言った途端、和子さんと悟くんが吹き出した。


 何よ?


「いや、別に」


 悟くんが笑いを堪えながら言った。


 分かってるわよ。わたしには出来ないと思ってるんでしょう? ふん! 子犬くらい、しつけられるんだから。


 曲がり角を曲がると、ずっと先でペロが何かにじゃれついているのが見えた。何か布の塊のようだ。


「ペロ、おいで」


 体を少し屈めて手を差し出すと、今度こそペロはわたしに向かって走り寄って来る。

 どこからかその時、フワッと香りが漂った。


「悟くん、桜の匂いがする」


「やばい」


 悟くんは前を見据えたまま、小声で言った。


 ペロがじゃれついていた物が、いきなり膨れ上がった。それは、ザザッと床を擦るような音と共に、わたし達の方に滑るように向かって来た。


「逃げろ!」





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