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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第1話 裏庭に龍?な はじまり編

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戸惑う午後 4

 その日、圭吾さんとケンカした。


 前の日、圭吾さんはどこかに出かけて、家のみんなが『司さんと和解するらしい』とヒソヒソと話していた。

 前に校長先生に会った時、圭吾さんはとてもつらそうだった。こじれた仲は、元に戻す事ができるんだろうか。


 だいじょうぶかなって心配してたのに、みんなが心配してたのに、夜遅く帰って来た圭吾さんは、誰とも口もきかずに部屋にこもってしまった。


 なのに


 次の朝、圭吾さんはいつもとかわらず何事もなかったようにそこにいて、わたしに優しく『おはよう』と言った。

 安心したのに悔しくて、なぜか悔しくて、わたしは圭吾さんに突っ掛かってしまった。


「今朝は何も食べたくない」

「具合なんて悪くない」

「子供みたいにかまわないで!」

「圭吾さんなんて大嫌い!」


 ヒステリックに叫んで家を出て、十歩ほど歩いて立ち止まった。

 このまま学校になんて行けない。


 わたしバカみたいだ。


 トボトボと家に戻って、まっすぐ台所に行った。

「せっかくご飯を作ってくれたのに、ごめんなさい」

 うつむいてお手伝いさんに謝った。


 圭吾さんにも謝らなきゃ。


「志鶴ちゃん?」

 優しく呼ばれて顔をあげると、伯母様がハッと息を飲んで『圭吾を呼んで』と誰かに小声で言った。

 それからすぐに、圭吾さんが台所に飛び込んできて、凍りついたように足を止めた


「志鶴?」


 なぁに?


「どこか痛い?」


 ううん。


 何かが頬を伝ってる。


 いやだ わたし泣いてる? ボロボロ泣いてる?


 圭吾さんがゆっくり、本当にゆっくり近づいてきて手をのばした。

「おいで、志鶴」

 わたしは子供みたいに声をあげて泣きながら圭吾さんにしがみついた。


 ごめんなさい、ごめんなさい

 あんな事言うつもりじゃなかったの


 圭吾さんはホーッと息を吐き出し、わたしの髪に顔をうずめた。

 それからは全部夢の中のようにぼんやりしてる。


 部屋に連れていかれて、お医者さんが呼ばれて、注射をされて――眠った。





 目が覚めて最初に思った事は、


『腹へった~』


「何か食べるかい?」


 へっ? 誰? 圭吾さん?


 寝ぼけまなこが一気に覚めた。


 ここどこ? ひょっとして今、わたし本当に口に出して言った?


 ガバッと起き上がってまわりを見回す。

 わたしは明かりを落とした自分の部屋にいた。勉強机の椅子に圭吾さんが座ってこっちを見てる。開いたままの戸口から廊下の明かりが差し込んでいた。


「い……今何時?」

「夜の八時くらいかな。何食べたい?」

「カップ麺」

「ちょっと待ってて」

 しばらくして圭吾さんはポットとポリ袋を持って戻ってきた。

「シーフードとカレーどっちいい?」

「シーフード」

 この家に来てから初めてカップ麺を見た気がする。

「彩名の夜食だよ。アトリエのキッチンにいつも置いてあるんだ」


 待つこと3分、圭吾さんとカップ麺をすするというシュールな状況――でも うまぁ。


「今朝は僕の何が気にいらなかったの?」


 う……いきなり来たか。


「気が立ってただけ。圭吾さんがそこにいたから八つ当たりしたんだと思う」

「医者は、新しい環境でストレスがたまってたんだろうって言ってたよ」

「そうかも」

「でも、引き金を引いたのは僕だね?」


 違うってすぐに言えなかった。圭吾さんの目が陰った。


 どうしよう。傷つけた。絶対傷つけた。

「わたしね」

 言わなきゃ。本当の気持ち、言わなきゃ。

「圭吾さんにわたしの事が必要だって思ってほしかったの」


 ママを早くに亡くしたわたしは『かわいそうな志鶴ちゃん』だった。そして、『大変な三田さん』が抱えた『小さなお子さん』だった。

 親父はわたしを大切に育ててくれたけど、自分が足手まといなんじゃないか、いない方がいいんじゃないかって思いはずっと消えなかった。


 誰かに必要とされたかった。

 必要だって思ってほしかった。

 圭吾さんがつらい時、一緒にいたかった。

 一緒にいてほしいと思ってほしかった。


 半ベソで子供っぽい気持ちを全部ぶちまけて、恥ずかしくなって、カップ麺のスープを一気に飲み干した。


 まったく! 色気のカケラもありゃしない。


「志鶴が思っているよりはるかにずっと、僕は志鶴を必要としているよ」

 圭吾さんは、空の容器と割り箸をわたしの手から取りあげながら言った。

「昨日一人でいたのは、志鶴がいなくてもいいからじゃない。昨日一緒にいたら、僕は行き着くところまで行ってしまうのが分かっていたからだ」


 行き着くところ? えーと、それって……つまり?


 えっ? ちょっ、まさか?


 真っ赤になって口をパクパクさせるわたしを見て、圭吾さんは上を見上げてあきらめたようなため息をついた。




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