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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編
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6時間目~困り事相談 3

「あー、実は昼休みに相談しようと思ってたの。でも、その前に怪我しちゃったから」


 わたしは何気なさを装いながら言った。


「滝田が妙な事を言ってたよ。あの時、階段の上にピンク色の着物の人影が見えたって」


 『あれ』だ! 美幸も見たんだ。


「えーと……明日……じゃない……明日は学校休むから、明後日のお昼に話すね」


「何の話だ?」


 わたしの横に座っていた圭吾さんが訊いた。


 そうよね。普通、訊くわよね。この状況なら。


「僕に相談事があるんだって。今でもいいよ」


 悟くんはニッコリと笑って言った。綺麗な天使の笑顔――だけど、明らかに意地悪してるっ!


「へえ。僕の事なら気にしないで、今、相談したら?」


 け、圭吾さん、その猫撫で声、思いっきり怖いんですけど!


「や、やっぱ学校でっ!」


 あ、声が上ずった……


「諦めなよ、しづ姫」

 悟くんがニヤニヤ笑う。

「滝田が『見た』って言うんだから、また人じゃないもの絡みのトラブルだろ? 手に負えなくなる前に、圭吾にも聞いてもらった方がいい」


「『また』って何よ」

 強気で言ったものの、思い当たる節がないわけではない。続く言葉が、どんどん言い訳じみていく。

「そんなにいつもトラブってない……と思うんだけど。それに、たいした事じゃないかもしれないし……」


「それは話を聞いてから決めるよ」


 圭吾さんは、椅子の背にもたれるように座り直した。


 あー、何か話しづらい……何を言ったとしても、圭吾さんに怒られる事はないって分かってる。でも、今まで黙ってたことをどう言い訳したらいいの?


「志鶴ちゃん、コーラのおかわりはいかが?」


 彩名さんが優しく言った。


「いただきます」


 わたしの差し出したグラスにコーラを注いだ後、彩名さんはチラッと圭吾さんを見た。


「圭吾、その顔、怖くてよ」


「ほっといてくれ」


 圭吾さんがぶっきらぼうに言う。怖いもの見たさで盗み見ると、圭吾さんはスッと目を伏せてしまった。


 どこが怖いんだか、よく分かんない。


「で、桜の匂いって?」


 悟くんが訊いた。


「あ、うん。少し前から、身の回りで桜の匂いがするの。桜餅とか桜湯の、あんな匂い」


 わたしはそれから、今日の事故の話と、怪我をする度に桜の香りを漂わせた人が現れる話をした。

 年齢はまちまち。でも、みんなわたしの怪我した場所を触りたがる。


「病院で見た子は、わたしに触った後、もっと幼い子供に変わったの。それで、人間じゃないんだって分かったんだけど」


「どうしてすぐに言わないんだ」


 圭吾さんがボソッと呟くように言った


 わたしは俯いた。


 だって―――


「家では匂いしないし、美幸に見てもらった時は何でもなかったし……ごめんなさい」

「謝らなくていい」

「うーん」

 悟くんが腕組みしながら唸る。

「今日は後ろから押されたんだね? バスから転げ落ちた時は?」

「足元に何かあって、躓いたような感じがした」

「どんどんエスカレートしてるなぁ。しづ姫、どこかで桜を触った?」

「ううん」

「今年、桜を見たのはどこ?」

「えーと……学校と、小学校の近くの公園と、神社と……」


 わたしの足元でペロが『ワン』と一吠えした。


「ああ、そうそう。ペロをもらいに行った時」


 圭吾さんが、わたしの方に身を乗り出した。


「いつ?」

「圭吾さんとペロを見に行く前。ほら、圭吾さん、要さんとお話ししてたでしょ? あの時に見たわ。花は咲いてなかったけど、あれ桜でしょ?」

「近くには行ってなかったよね?」


 わたしは頷いた。


「あ、でも……」


「でも、何?」


 圭吾さんと悟くんが同時に訊いた。


「あの時――」


 しまった。美幸に『何にでも同情しちゃダメ』って言われてたのに……


「一本だけで寂しくないのかなって考えたの。花が咲いたら、誰か見に来てくれるといいなって


「くそっ、それだ!」


 圭吾さんが吐き捨てるように言った。


「この間の寄り合いで、切らない事に決めた桜だね?」


 悟くんがそう確かめると、圭吾さんはジロッと見返した。


「会合に出ていない未成年のお前が、何故知っている?」

「やだなぁ。僕を誰だと思ってんの? 僕の耳に入らない事なんてないよ」

「そのようだな――要は?」

「今日は出番だよ。今の時間ならデスクワーク中だね」

「兄貴のスケジュールまで把握してるのか?」


 圭吾さんが呆れたように言った。


「情報を制する者は何とやら、さ。兄弟が多いと生き残るのも大変なんだよ」

「よく言うよ。要と一緒に確かめて来るから、僕が戻って来るまで志鶴と一緒にいてくれ」

「了解」


「圭吾さん」

 わたしは、立ち上がった圭吾さんに手を差し延べた。

「ごめんなさい。わたし、失敗しちゃったのね?」


 圭吾さんはわたしの髪に指を差し入れて、親指で頬をなぞった。


「そうじゃない。失敗したのは僕だ。つまらない感傷で判断を誤って君を危険にさらした」


 柔らかなキスが額に落ちてきた。


「すぐ帰って来るからね」





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