6時間目~困り事相談 2
ああ、何だか暖かい。それに、すごくいい匂いがする――
「起きなよ、しづ姫。熱々のミックスピザだよ」
パチッと目を開けると、悟くんがわたしの鼻先にピザの箱を差し出していた。
「シーフードがよかった」
寝起きの不機嫌さでわがままを言うと、悟くんはニヤッと笑った。
「シーフードもあるよ。足はどう?」
「今は痛くないけど、何かズシッと重いわ。どうしたんだろ」
「それは怪我のせいじゃなくて、君の愛犬のせいだよ。脚の上で寝てるんだ」
上半身を起こしてみると、わたしにかけられた毛布の上で、ペロが気持ちよさそうに眠っていた。
「お姫様を起こすのは熱々のピザではなくて、王子様の熱いキスだと思っていたのに」
悟くんの後ろで彩名さんの声がした。どうやら、わたしは母屋の居間で寝込んでしまったらしい。
「わたしの王子様はどこに行ったの?」
わたしは辺りを見回した。
「玄関でピザ屋に料金を支払ってる」
悟くんは悪戯っぽく言った。
「悟、その箱も頂戴。テーブルをセットするから」
彩名さんが言った。
「この家、ホントお上品だよな。いい? こういうジャンクフードは、コーラをラッパ飲みしながら箱から手づかみで食べるものだよ」
悟くんはそう言いながらも、彩名さんにピザの箱を手渡した。
「レクチャーありがとう。和子ばあやにもそう言ってくれるかしら?」
「冗談! 僕もまだ生きていたいよ」
「悟くん、いつ来たの?」
わたしは髪を手櫛で直しながら聞いた。
「30分くらい前かな。あ、鞄はそこの下にあるから」
体を乗り出して床を確かめると、わたしの通学鞄が置いてあった。
「ありがとう」
「どういたしまして。机の中身は滝田が鞄に入れてくれたよ」
後で、美幸と亜由美に電話しなきゃ。二人とも心配しているだろう。
「志鶴は起きた?」
圭吾さんがそう言いながら、部屋に入って来た。
「起きてるよ」
わたしの代わりに悟くんが答えた。
「気分はどう?」
圭吾さんはわたしの側まで来ると、優しく頬に触れた。
「まだちょっとぼーっとしてる」
「ピザ、食べるだろ?」
「うん」
「ちょっとじっとしてて」
言われた通りにしていると、頭から服を着せられた。
「はい、ワイシャツ脱いで」
ワイシャツ? ああ、そういえば、制服のままウトウトしたんだった……上着を脱がされたのは覚えてる。
わたしはワイシャツのボタンを外して袖を抜いた。圭吾さんがすぐに服を着せ変えてくれた。柔らかいダブルガーゼのワンピースだった。
えーと、スカートは――って、はいてないしっ!
「圭吾さん、スカートは?」
「シワになるから脱がせたよ」
げっ! マジですか?! いまさら恥ずかしがるとか変かもしれないけど……いや、やっぱり意識ない時にスカートまで脱がされるのは恥ずかしいっ!
「どうせ、短いスパッツはいてんでしょ?」
悟くんが言った。
「あれ、興ざめだよね。僕的には、制服の下は白か水色がいいな。清楚な感じで」
はぁっ? それ、女の子に興味のない人の台詞?
「脱がせたのは彩名だからね」
悟くんのコメントを無視して、圭吾さんが言った。
ああ、よかった。
「圭吾って、妙なところで品行方正よね」
彩名さんがコップにコーラを注ぎながら言った。
「圭吾、志鶴ちゃんをこちらに連れていらっしゃい」
「ああ」
圭吾さんはわたしの服を直すと、ペロの頭をそっと撫でた。
「寝たふりは終わりだ」
ペロは目を開けて圭吾さんを横目で見上げた。
「退けろ」
それは、静かな短い命令だった。けれどその余韻は、空気を震わせるほどの力を持っていた。
ペロが弾かれたように起き上がって、床へと下りた。
「そんなちびっ子に力を使うなんて、大人げないよ」
悟くんが言った。
「可愛がられ過ぎて増長する前に、しつけた方がいいんだ――おいで志鶴」
わたしは圭吾さんの首に両腕を回して、少し離れたテーブルまで運んでもらった。
彩名さんの手にかかると、宅配ピザも上質の陶器に乗せられて、品のいいイタリアンのようになっていた。
「どうぞ召し上がれ」
いっただきまーす!
わたしと悟くんは、真っ先にシーフードピザにかぶりついた。
「やっぱり、それなのか」
圭吾さんが不満そうに言った。
「だから、シーフードだって言ったろ?」
悟くんがニッと笑う。
なぁに?
「今日のしづ姫は、シーフードのを食べたがるって、圭吾に言ったんだよ」
「どうして分かったんだ?」
と、圭吾さん。
「僕が食べたかったから」
悟くんは口をモグモグさせながら答えた。
「僕ら、食べ物の好みが似てるんだよ」
「あっ、それはわたしも思ってた。お昼休みに食べる物、よくかぶるよね」
「ほらね? やっぱり僕ら、生き別れの双子じゃない?」
ない、ない。
「そういえばさ、滝田が桜の匂いの話を聞けって言ってたけど?」
悟くんはコーラのグラス越しに、わたしの目を真っ直ぐに見た。