表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/171

6時間目~困り事相談 1

 『さっき、変なことがあったの』


 わたしは、その一言をどうしても口にできないでいた。


 病院から家に帰る途中、いつにも増して圭吾さんは無口で、何か考え事をしているようだった。


 病院では圭吾さんの言うことを聞いて、診察室に行くまで車椅子にもちゃんと乗ったし、レントゲンも撮ってもらった。

 骨には異常なく、やっぱり捻挫だった。

 お医者様がそう言うと、圭吾さんは『よかった』と、肩の力を抜いた。

 心配してもらうのは嬉しいことだけど、どこか落ち着かない気持ちにもなる。

 

 お仕事の事、考えてるのかな……


 圭吾さんの事だもの、きっと、全部の用事を投げ出してわたしを迎えに来てくれたんだろう。


 ――優月さんの事を考えてるかもよ?


 心の声には耳を塞いだ。

 圭吾さんを好きって気持ちは、わたしをどんどん欲張りにさせる。最初はただ、わたしを必要だって言ってくれるだけでよかった。甘えて、抱き留めてくれる腕があれば、それでよかったのに……


 わたしは心の中でため息をついて、圭吾さんの邪魔をしないように黙って窓の外を眺めた。


 都会と違って人通りは多くない。まだ昼間だから学生の姿も見えない。

 歩いているのは、お年寄り、女の人、小さな子供――待って……最初に桜の匂いがして、お婆さんに会ったよね。

 バスから降りようとして転んだ時も、桜の匂いがしてた。助け起こしてくれたのは中年の女性だった。

 あの時、女の人は、わたしの膝の血をハンカチで押さえてくれたっけ。

 綺麗な桜色のハンカチ。ほのかな桜の香り。

 そして、今日――

 体が震えそうになって、膝の上でギュッと両手を握りしめた。


 大丈夫。怖くない。圭吾さんの近くに『あれ』は来ない。だって、家では匂いがしないもの。

 しっかりしなきゃ。

 羽竜家にいれば、不思議な事が身の回りで起こるのは日常茶飯事なんだから、いちいち怖がっちゃダメ。


「志鶴?」


 圭吾さんの声に、わたしは目を上げた。


「家に着いたよ」


「もう?」


 圭吾さんはふふっと笑った。


「ぼんやりしてたね。どうした?」


 わたしは頑張って笑顔を見せた。


「何かちょっと眠いみたい」


「痛み止めが効いてきたのかな……お昼、食べ損ねただろう? お腹はすいてない?」


 わたしは首を横に振った。


「そう? ちょっと待ってて」


 圭吾さんはわたしのシートベルトを外した。それから車を降りて、いつものように助手席側に回って来た。


「歩ける? 抱いて行こうか?」


 抱っこして――甘えた言葉はグッと飲み込んだ。


「歩ける」


 病院で借りた松葉杖をついて、わたしはゆっくりと歩いた。痛みはあるけど、一人で歩けるようだ。


「これなら学校に行けるね」


 明るく言うと、圭吾さんは顔をしかめた。


「しばらく車で送り迎えするよ。でも、明日は休みなさい」


「明日の状態見てから決めない?」


「ダメだよ」


 仕方ないか。


「分かった。明日は休むね」


 わたしがそう言った途端、圭吾さんは足を止めた。


 何だろう?


 わたしも立ち止まり、圭吾さんを見上げた。圭吾さんがスッと目を逸らした。


「ゴメン。君の言う通りだ。明日の様子を見てから決めよう」

「圭吾さん?」

「行こうか」

「待って! こっちを向いて」


 思ったより、きつい口調になった。

 圭吾さんはわたしの方を見た。表情は読めない。


「どうして急に考えを変えたの?」

「君こそ、やけに聞き分けがよくなったのは何故?」

「聞いてるのはわたしよ」


 圭吾さんはキュッと口元を引き締めた。


「君はさっきから、僕の言う通りにしてる」


 その通りだったので、わたしはコクンと頷いた。


「どうして? 僕のどこがいけない?」


 へっ? どうしてそういう話になるの?


「いけなくなんかない。圭吾さんが正しいから言う通りにしてるだけ。間違ってたら、そう言うわ」


 圭吾さんは疑わしげにわたしを見た。


「本当に? 病院で受付するまではそうじゃなかったよね?」


「あの後、あんまり子供っぽい態度だったから反省したの」


「反省なんてしなくていいよ」

 圭吾さんは不満そうに言った。

「やっと心を開いてくれるようになったと思ってたのに」


 えーと……


「圭吾さんだって、さっきは困ってたでしょ?」

「うん。でも君は普段、誰に対してもあんな態度はとらない。僕が相手だからごねたんだ」

「たぶんそうね――えっ?! じゃあ圭吾さんは、わたしがぐずった方がいいの?」


 呆れた事に、圭吾さんはニッコリと笑った。


「だって、僕に気を許してるって事だろ? 頼むから普通にしてて。僕は、また何かをやらかしたのかと気が気じゃなかった」

「ホント、変な人!」


 わたしはブツブツ言いながら、また歩き出した。圭吾さんがゆっくりと後をついて来る。


「せっかく大人らしくしようと頑張ったのに、損した」

「僕は子供っぽい君が好きだよ」


 それなら、優月さんのどこが好きだったのよ。間違っても子供っぽくないじゃない。


「どうせ、わたしは『お子様』よ!」


 ムッとして言い返すと、後ろで圭吾さんがクスクス笑っているのが分かった。わたしは足を止めて、肩越しに後ろを見た。


 こうなりゃ自棄(やけ)よ。


「圭吾さん、やっぱり抱っこして!」

「了解、お姫様」


 うわっ! 待って、松葉杖!


「後で取りに来るから放っておけばいい」


 圭吾さんはそう言うと、わたしを抱いてスタスタと玄関へと向かった。


「いつかきっと、ステキな大人の女性になるんだから」


 わたしは、圭吾さんの肩に向かって呟いた。


「分かってる。だから僕は、こうして君を捕まえてるんだよ」

 圭吾さんは、笑いを含んだ声で言った。

「ステキな大人の女性になった時に、誰にも君を盗られないようにね」


「そう? 分かってるなら、子供扱いしても許してあげる」


 おもいっきり生意気に言ってみたけれど、圭吾さんはただ微笑むだけだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ