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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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5時間目~心の中の絆創膏 3

 『失礼します』と言って保健室に入って来たのは、やっぱり司先生だった。

 司先生は、わたしの裸足の片足にサッと目をやった。


「志鶴さん、大丈夫ですか?」

「はい。でも、足を捻挫したみたいで……」


 司先生は顔をしかめた。


「片岡先生、捻挫で間違いないですか?」


「医者じゃないんで、多分、としか言えませんよ」

 養護の先生は答えた。

「湿布を貼っておくけど、心配なら病院へ連れて行った方がいい」


 司先生は、片手で顔を覆って呻いた。


「悟、報告を」


「しづ姫が階段でコケた。落ちかけたところを大輔が術で止めて、僕が下に下ろした。最初に足を滑らせた時に、右足首負傷。僕が保健室まで運んで、片岡先生の見立ては捻挫。以上――圭吾には僕が電話しよっか?」


「いや、いい。それは、わたしの仕事だ」

 司先生はわたしの方を向くと、口調を和らげた。

「志鶴さん、迎えが来たら今日はこのまま帰りなさい。鞄は悟に届けさせるから」


「はい」


 あー、何か申し訳ない。圭吾さん、司先生に怒るんだろうな。


「片岡先生、わたしは保護者と一緒にまた後で来ます。それまで三田さんについていて下さい」


 司先生が言った。


「分かりました」


「僕、もう少し一緒にいてあげようか?」


 悟くんが期待を込めて言う。


「お前は教室に戻りなさい」


 悟くんは文字通りつまみ出された。


「ケチ。じゃあまた後でね、しづ姫」


 ドアが閉まり、保健室は急に静かになった。


「さて、と」

 片岡先生はわたしの足に湿布を貼りながら言った。

「三田志鶴さん――だね?」


 わたしは頷いた。


「雷恐怖症だそうね。気分が悪くなるのかな?」

「そうです」


 何で知ってるの??


 片岡先生は湿布を貼り終えると、椅子を持って来てわたしの前に座った。


「ここに赴任した初日に、校長から『特別に配慮してほしい生徒がいる』と言われたの。重度の雷恐怖症だから、保健室に来た場合は休ませて欲しいってね」


 あー、そういう事か。


「それ以外でも、あなたに何かあれば必ず校長に報告するように言われている。親は金持ちのモンスターペアレントか何か?」


 遠慮のない言葉に、思わず笑ってしまった。


「親は海外赴任中です。代わりの保護者が何て言うか……過保護ぎみで」

「なるほど」

「先生は、ここの出身じゃないんですね」

「うん。大学時代の友人がここの出身でね。空きがあるからって勧めてくれた」

「わたしも去年来たばっかりです。ここ、小さいけどいい所なんですよ」


 わたしがそう言うと、先生はふふっと笑った。


 なぁに?


「あなたは、ここで幸せなんだね。幸せだと、どんな場所でも世界で一番いい所だと思えるものよ」


 そうかも。


「先生もここを好きになりたいな」


 笑顔の裏に孤独の影を見た気がした。羽竜家に来るまで、毎朝わたしが鏡の中に見たものと同じだ。


「先生は一人でも平気なタイプ?」

「そうだね。一人で何でもやっちゃうタイプだよ」

「先生、わたしに似てる。本当は寂しがり屋でしょ?」


 わたしは、痛くない方の足をブラブラさせながら片岡先生を見た。


「わたしね、前は人といるのが苦手だった。誰といても、他の人にはわたしよりも大事なモノがある気がしたの。だから一人でいた」


 片岡先生は何も言わずに目で先を促した。


「人といる方が寂しさを感じたの」

「今は違うの?」

「今はね、恋をしているから寂しくない」


 先生は目を丸くしてから、『まいった!』と苦笑いを浮かべた。


「見抜かれたか。先生は失恋してこの町に来たの。寂しくてどうにかなりそうでね。内緒だよ」


 わたしは頷いた。


「さっきの子が彼氏?」

「悟くん? 違う。悟くんは親友で、わたしの『子守』なの」


 先生は面食らった顔をした。


「そのうち分かるわ、先生。ここは小さな町だから」

「そのうち分かる、か。先生の友達もそう言うんだよね。よそ者を受け入れない土地柄ってわけでもないんでしょ?」

「よそから来ても、ここに住む人にはみんな親切よ」

「ああ、そんな感じはするね」


 その時、廊下の方から、怒ったように悪態をつく声がした。


「あ、来た!」


 片岡先生が『あらら』と呟く。


 圭吾さん、まる聞こえだってば。


 声は保健室の前まで来ると、ピタッと止んだ。


 あれ? 入って来ない?


 わたしと片岡先生は、ドアをじっと見つめた。十秒くらいしてから、ノックの音がした。


「どうぞ」


 片岡先生が答える。


 ドアがカラリと開いて、圭吾さんと司先生が入って来た。

 圭吾さんはわたしを見ると、ホッとしたように息を吐いた。顔色が悪い。うわぁ……思いっ切り心配させたかも。


「こんにちは。三田志鶴の保護者です」


 圭吾さんが片岡先生に挨拶をした。


「こんにちは。えーと、お兄さん?」


「従兄です」


 わたしが答えるのと同時に、圭吾さんが『婚約者です』と、言った。


「どっち?」


 片岡先生が面白がるように訊いた。圭吾さんがわたしをジロッと見る。


 はいはい。分かったわよ。


「従兄で、婚約者です」


 わたしは言い直した。


「捻挫だと思うんですけど、念のため病院に連れて行って下さいね」

 片岡先生はテキパキと言った。

「右足は腫れているんで、靴は履けません。ここのスリッパを使って下さって結構です」


「痛む?」


 圭吾さんが心配そうにわたしの足元を見る。


「たいして痛くない。ちょっと階段を踏み外しただけだもん。先生、スリッパ借りてくね」


 わたしは、右の上靴を片手に立ち上がった。


 いてて。


 圭吾さんが慌てて腕を差し出した。


「抱いて行くよ」

「歩ける。腕だけ貸して」


 でも、通学に松葉杖いるかなぁ。


「片岡先生、ありがとうございました」


 わたしはペコリと頭を下げた。


「はいよ。今度は怪我じゃなくて、話をしにおいで」


 先生は軽く片手を上げて、そう言った。





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