5時間目~心の中の絆創膏 1
桜の匂いがする。家の門を出ると必ず。
最初はフワッと匂う程度だったのに、日を重ねる毎に、匂いが纏わり付くように感じられる。
さすがに、何かおかしいと思い始めた。
「ねえ、何かの匂いしない?」
わたしは、学校で友達に言ってみた。
美幸が鼻をクンクンさせた。
「別に。志鶴は感じるの?」
「うん。今はそうでもないけど。最近、外を歩いてると桜の匂いがするんだよね。すごく」
「桜なんて、もうほとんど葉桜よ。また何かに取り憑かれてるんじゃないでしょうね」
と、亜由美が言う。
また――って何よ。失礼ね!
「志鶴はすぐに同情するからなぁ」
美幸が目を細めてわたしを見た。羽竜の血を引く美幸は、人に見えないモノが見える。
「ダメ男に惹かれる典型的なタイプね」
亜由美が言った。
「つまずいた相手が圭吾さんでよかったわ」
「言えてる」
美幸が笑った。
二人とも、ものすごーく失礼よ。
「うーん……何か憑いてる風でもないけど。圭吾さんに言った?」
「ううん」
わたしは首を横に振った。
「家では匂いしないし。それに最近の圭吾さん、ものすごく神経質なの。ほら、この間、わたしが派手にコケたでしょ? あれからずっと」
これ以上、壊れ物みたいに扱われたら堪んない。
「悟くんに相談したら?」
美幸が言う。亜由美も頷いた。
うーん……
「たいした事なかったら、内緒にしてくれるわよ」
「でも、何か――例えば変なモノに取り憑かれてたりしたら?」
「そうなってても圭吾さんに隠す気?」
美幸が呆れたように言った。
「後でばれたら、家に閉じ込められるよ」
やっぱり、そう思う?
「分かった。お昼休みに話してみる」
「どうしてそんなに圭吾さんに知られたくないの?」
亜由美が不思議そうに言った。
「だって……上手く言えないけど……圭吾さんは、わたしを大事にし過ぎるの。わたしは、もっと普通でいたいの。圭吾さんにも気楽でいてもらいたいの。分かる?」
「言いたい事は分かるわ」
美幸が言った。
「でもね、あんたってどこか危なっかしいのよね。優し過ぎるっていうか、素直過ぎるっていうか」
「優しかったり、素直だったりするのはいけない事?」
「素敵な事よ」
亜由美が優しい笑みを浮かべた。
「でも残念なことに、この世の中じゃそういう人は酷い目に合いやすいの。圭吾さんみたいな人が守ってくれるから、志鶴がそのままでいられるって思えない?」
「わたし……」
笑われちゃうかなぁ。
「守ってもらうんじゃなくて、圭吾さんを支える人になりたい」
二人は笑わなかった。
「なれるわよ」
亜由美が、わたしの手をポンポンとたたいて言った。美幸が頷く。
わたしを信じてくれる人がいる。不思議だけど、それだけで自信が持てた。
わたしはきっと、素敵な女性になれる。
圭吾さんに釣り合うような、圭吾さんを支えられるような――そんな大人の女性に。
「って言っても」
美幸がコワイ顔をした。
「隠したって、心配事がなくなる訳じゃないんだからね!」
へぇ~い。
「不満そうね……分かってないわよ、この子」
分かってますわ、亜由美お姉様。
「まっ、事と次第によっては、悟くんが締め上げてくれるから大丈夫でしょ」
「そうね。昼休みが楽しみだわ」
し……締め上げるって、何? どれ? どういう事?
慌てふためくと、二人がニッと人の悪い笑みを浮かべた。
「ひっどーい! からかったの?」
ブーっとふくれると、亜由美が人差し指でわたしの頬を突っついた。
「ホント、騙されやすい子ね。圭吾さんじゃなくても心配するわね」
「手間がかかる分、可愛いんじゃないの?」
美幸がケラケラと笑う。
「あの圭吾さんをオロオロさせるんだから、志鶴はある意味大物よ」
わたしは両手を投げ出して、グッタリと机の上に突っ伏した。
あんた達――ホントに同い年? 三年くらいサバ読んでない?




