4時間目~恋の教科書 4
部屋に戻って、わたしが二人分のコーヒーを入れた頃には、圭吾さんの機嫌もよくなったようだった。
外を駆け回ったペロは、自分の寝床に潜りんでいる。わたしは自分用に甘くしたコーヒーを片手に、圭吾さんの横に座った。
「ゴールデンウィークはどうしようか?」
圭吾さんがわたしを見て言った。
「どうしようか、って?」
キョトンとして見返すと、圭吾さんが辛抱強く言い直した。
「連休だろ? どこか行きたい所とかある?」
あ……ああ そういう事?
「別にないけど? 去年だって家にいたでしょ?」
「去年は、君はうちに来たばかりだったし、僕らは従兄妹だった」
「今だって従兄妹じゃない」
「従兄妹の前に恋人だよ。僕に望む事はないの?」
あ……やばっ。これ、甘えなきゃいけない場面なんだ。
「だって……どこも混雑するでしょ? 人混みは嫌いなの」
「そう? じゃあ近場で。混んでもたかが知れているから」
近場で? わたしは何がしたい?
ふっと深い穴に落ちて行くような感じがした。
「志鶴?」
「ごめんなさい。どこも行きたくない。ダメ?」
圭吾さんは一瞬沈黙してから、わたしからコーヒーカップを取り上げた。
「もうちょっとこっちへおいで」
気がついた時には、圭吾さんの脚の上で小さな子供のように、向かい合わせに抱っこされていた。圭吾さんの手がわたしの背中を撫でた。わたしは黙って圭吾さんの肩に頭を預けた。
「嫌なら家にいよう」
「ホント?」
「うん」
「ごめんなさい。わたし、変」
「変じゃないよ。気にしなくてもいい。分かるから」
分かるの? 自分でも、どうしたのか分からないのに?
「圭吾さんはどこか行きたかった?」
「僕は君といられれば、それでいいよ」
わたしはホッとして、圭吾さんの体に身を擦り寄せた。
「好き」
「うん」
「それだけ?」
「大好きだよ」
圭吾さんは、あやすようにわたしの体を揺すった。
すごく心地好いけど、これじゃあ小さな子供だわ。早いとこ、ユキからあの本を回収しなきゃ。
「あれ?」
圭吾さんが、ずり上がっていたわたしのスカートの裾をさらにめくり上げた。
うわっ!
「これ、どうした?」
「えっ? 何? どれ?」
わたしの太ももには、大きな青痣があった。
「あー、どこかにぶつけたの。学校で」
圭吾さんは顔をしかめた。
「最近、何だか怪我が多くないか?」
「そうかなぁ。そうでもないと思うけど……ま、確かにどこかにぶつけたり、指を挟んだりしてるかな」
「怪我しやすい時期ってあるんだよ。なんとなくボーッとしてて。事故にも遭いやすい。気をつけた方がいい」
「うん」
圭吾さんは、わたしをギュッと抱きしめた。
「何だか不安だな」
「もう! 圭吾さんは過保護過ぎるのよ」
「だって君に何かあったら、僕はおかしくなってしまうよ?」
「大丈夫よ」
わたしは圭吾さんの額に額をつけた。
「家では圭吾さんが、学校では悟くんが子守をしてるんだから」
圭吾さんはニヤリと笑った。
「悟はともかく、僕は『子守』とは程遠い気分だけど?」
長い指が、わたしの脚を撫で上げた。
「他に傷がないか見せてもらおうかな?」
ま……待って!
「ダメっ!」
わたしは、圭吾さんの肩を両手で押して離れようとした。
「ダメ?」
圭吾さんがわたしを抱き直す。
「えーと……まだ明るいから」
「明るい方が見やすいよ」
騙されないわよ。
「お仕事中でしょ?」
「そんなに時間はかからないさ」
「電話が来るかも」
「来ても、どうという事もないだろう?」
あるわよっ!
「本当に見るだけだよ」
う……そう言われたら、騒ぐわたしが馬鹿みたいじゃない。
「脱いで」
きっぱりと言われて、わたしは渋々ブラウスのボタンを外した。その下はブラだけ。せめて、キャミソールを着ていればよかった。
「本当に華奢だな」
圭吾さんは呟くように言った。
それって、いいの? 悪いの? 胸が小さいって事じゃないよね?
圭吾さんはわたしの肩をなぞって、ギュッと唇を引き結んだ。
「ここは?」
「ああそこはね、図書室で本を取ろうとした時に隣の本が落ちてきて当たったの」
圭吾さんはフウッと息を吐いた。
「僕がやったのかと思った――」
あ……どうしよう。このままじゃ、圭吾さんは絶対に自分を抑え続けそう。
「圭吾さんになら、痛くされてもいいわ」
わたしがそう言った途端、圭吾さんが思いっ切り咳き込んだ。
わたし、何か変な事言った?