3時間目~理想と現実 2
放課後の図書室で、わたしは頭を抱えていた。
目の前には学校のパンフレット。
大学が三校、専門学校が二校――どれも羽竜家から通学できる学校ばかりだ。
「試験日程がダブらないなら全部受ければ?」
これは、亜由美のアドバイス。
「並べてダーツで決めるとか」
こっちは美幸のアドバイス。美幸方式で行きたくなってきた。
「自分がどんな人間になりたいのか、分からないの」
わたしは頭を抱えたままぼやいた。
「みんなは分かってる? 迷ったりしないの?」
「わたしは将来の職業重視よ。医療関係に進めば、取りあえず食いっぱぐれはないでしょ?」
と、亜由美。
「職業はともかく、わたしは県外の学校にするつもり」
「えッ! 美幸は余所に行くの?」
「だって、生まれてからずっとこの町にいるんだよ。一度は都会で生活してみたいよ」
わたしと逆ね。
「わたしはここで、羽竜家の一員でいたい」
わたしがそう言うと、亜由美がわたしの肩を抱いた。
「志鶴にも、ちゃんと希望があるじゃない」
「そんなんでいいの?」
「そこから始めるのよ」
そうか。
「英文科か国文科あたりが無難じゃない?」
うーん。じゃあ、そのどっちかをダーツで決めようか。
ペラペラとパンフレットをめくる。
「痛っ」
「どうしたの?」
「紙で切ったみたい」
わたしは右の人差し指を目の前に近づけた。小さな傷から血が滲んでいる。
「紙で切ると痛いんだよね。絆創膏あるから指出しな」
美幸がポケットから絆創膏を取り出した。ピンクの絆創膏で、キャラクターがついてる。
カワイイ。
美幸って、こういう所が『女子』だよなぁ。男親に育てられたわたしは、こういう細やかさが欠けている。少し意識して見習おう。
「美幸ってこういうの、どこで仕入れて来るの?」
「コンビニ、雑貨屋、ドラッグストア」
「ドラッグストアにこんなカワイイのあったけ?」
「あるんだな、これが」
美幸はわたしの指に絆創膏を巻いてくれた。
「今度、一緒に行こ」
うん。
「志鶴って女子校だったんでしょ? 女の子同士で出かけたりしなかったの?」
亜由美が聞いた。
「あんまり親しい子、いなかったんだ。仲良しの幼なじみは、頭がよくて一般常識に疎いタイプだったし」
なっちゃんの事は好きだけど、思い切ってこっちへ来てホントによかった。
「女子高生でいられるのは三年間だけよ。楽しまなきゃ」
亜由美が言う。
「美幸がいるうちに、今しかできない事、三人でしよ」
そうか。圭吾さんが言いたかったのは、こういう事だったんだ。
新しい出会いと経験――これがそうなら、大学へ行くのも悪くないかも。
いい事ばかりじゃないだろう。
でも今のわたしには、相談できる相手も、助けてくれる手もいっぱいある。
「よしっ! 何か元気出てきた」
わたしはパンフレットを揃えて言った。
「さすがは志鶴。単純だわ」
「あら、シンプルでいいじゃない」
ねぇ二人とも、それって褒めてるの? けなしてるの?
それから三人で、行きつけのアイスクリームショップに行った。
お目当ては、季節限定『桜アイス』。桜の花と葉の塩漬けが入った、薄いピンク色のアイスクリームだ。
「ワンコ飼いはじめたんだって?」
亜由美はストロベリーとのダブルにしていた。
「うん。黒くて小さくてカワイイの」
わたしは大好きなチョコチップと。
「松子さんとこの犬?」
美幸は、抹茶アイスとの和風の組み合わせだ。
「そう。要さんに見てもらったの」
「ああ、要さんのオススメなら間違いないよ。あの人、『聴き耳』だから」
「『聴き耳』って?」
美幸は口の中のアイスを飲み込んだ。
「動物や植物の声が分かるの。木造なら、建物のも」
へっ?
「警察官になる前も、県警によく呼ばれるって噂、あったわね」
亜由美も知っているらしい。
「噂じゃなくて真実。よくテレビでFBIがやってるじゃない」
「超能力を使ったプロファイリング?」
「そうそう、そんなやつ。正式な証拠にはならないけど、捜査の役に立つらしいよ」
びっくり。
「だから、そのワンコは最初から志鶴を気に入ってるはず」
「わたしは選んだつもりで、犬に選ばれたってこと?」
「まあ、それもいいじゃない」
亜由美がニコッと笑った。
「愛される方が幸せってものよ」




