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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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2時間目~将来の展望 4

 暗がりの中、圭吾さんが起き上がるのが分かった。


「待って! まだ明かり点けちゃダメ!」

「どうした?」

「わたしのパジャマどこか分かんない」


 圭吾さんが笑った。


「だから明かりを点けるんじゃないか。暗い中で探しても見つからないよ」


 カチッと音がして、サイドテーブルの上のランプが点いた。


 うわっ!


 わたしは、慌てて毛布の中に潜りこんだ。


「志鶴」

 圭吾さんが毛布の上から、わたしの頭をポンポンと軽くたたく。

「ほら、着せてあげるから起きなさい」


「いい。自分でする」


 わたしは片手だけ出して答えた。

 手の上にはらっと布が落ちてきた。


「僕は後ろを向いてるから」


 毛布を目の下まで引き下げると、ベッドの端に腰掛ける圭吾さんの背中が見えた。

 手にしていた物は、圭吾さんのパジャマの上側だった。


 これなら取り合えずお尻まで隠れるから、まっいいか。


 圭吾さんを気にしながら、ゴソゴソと着る。

 こういう時、自分がものすごく無知で不器用な気がする。大人の女性は、こんな場面でどういう態度を取るものなの?


「もういいよ」


 わたしのバカ――かくれんぼみたいじゃない。


 圭吾さんが半身になって振り向いた。


 わたしは落ち着きなく髪に手をやって、『グチャグチャになってる?』と訊いた。


 圭吾さんはニッコリと笑って、わたしの髪を指で梳かした。


「綺麗だよ」


 心臓が跳ね上がった。


 髪、きっともつれてる。おまけにスッピンだし。


 だけど――いつも『かわいい』としか言ってくれない圭吾さんが、『綺麗だ』って言った。


 今、この瞬間、わたしはキレイ?

 圭吾さんの心を、しっかりと捕まえるくらいに?


 そう訊きたかったけど、言葉は出なかった。


「えーと」


 わたしは、何だか決まり悪くなって俯いた。何を言えばいいのか分からない。


「ベッドに入りなさい」


 圭吾さんが言った。


「まだ眠くない」

「直に眠くなるよ」

「おしゃべりするって約束よ」

「分かっているよ」


 圭吾さんは枕を直してわたしを寝かせると、毛布と掛け布団をかけた。

 それから滑り込むように隣に入ってきて、片肘をついてわたしを見下ろした。

 圭吾さんの温もりがわたしを包み込む。


「今日は髪をちゃんと乾かしたんだね」


 圭吾さんが言った。


 いつもは長い髪を乾かすのが面倒で、半乾きのままでいる。


「だって圭吾さん、ずっと電話してるんだもの。待ってる間にドライヤーをかけたら乾いちゃった」

「ゴメンゴメン。司と話すと、どうしても長引くな」

「お仕事の話? 何かあったの?」

「特に変わった事はないけど、司って話が回りくどいんだよ。学校でも説教が長くないか?」

「そういえば全校集会の時、いつも挨拶が長いわ。クラスの男の子達はタイムを計って賭けをしてる」


 圭吾さんが笑った。


「志鶴の事も言っていたよ。進路調査表を白紙で出したんだって?」

「白紙じゃないわよ。ちゃんと『まだ迷っています』って書いたもの」

「ほぼ白紙じゃないか。何を迷ってるの?」

「わたし……何をやったらいいのか分からないの」

「大学の学部の事?」

「それもあるけど……わたし、大学に行かなくてもいい?」

「それが君の本当の望みなら、いいよ。でも新しい環境で、よく知らない人達の中に入りたくないとか――そういう理由ならダメだ」


 うっ……


「ちょっとは、そういう風に思ったけど」

 わたしは渋々認めた。

「圭吾さんは、わたしを外に出したくないんだって思ってたのに」


「できれば、この部屋に閉じ込めておきたいくらいだね」

「じゃあ――」

「だけど、それ以上に君に色々な事を知ってほしいんだ。僕は途中でやめる事になってしまったけれど、大学生活は楽しかったよ」


 圭吾さんは頭がいいから、そう言えるのよ。やりたい事もないのに受験勉強するのはつらいんだから。


「この家に来る前は、将来の事をどう考えていた?」


 わたしは、少し考えた。


「正直言うと、あんまり深く考えた事ない。適当に行ける大学行って、OLさんになって、結婚してお母さんになる――みたいな?」


「それ聞いてると、お母さんになるのが一番の目的みたいだね」

 圭吾さんは苦笑した。

「お母さんには僕がしてあげるから、他にやりたい事がないかよく考えてごらん」


 はぁっ……

 選択範囲が広いのも良し悪しだなぁ


 今まで『なれるもの』にしかなった事ないんだもの、やりたい事なんて思いつかないよ。


「圭吾さんは、もし羽竜の当主じゃなかったら何になりたかった?」

「難しい質問だね。僕の場合は将来が決まっていたから、他の未来を考えた事がない」


 圭吾さんは、『ならなきゃいけないもの』にしかなった事がないんだ……


「まあ、今は君との未来を考えたりするけどね」


 優しい笑顔。


 わたしは手を伸ばして圭吾さんに抱きついた。



「圭吾さん、大好き」






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