2時間目~将来の展望 4
暗がりの中、圭吾さんが起き上がるのが分かった。
「待って! まだ明かり点けちゃダメ!」
「どうした?」
「わたしのパジャマどこか分かんない」
圭吾さんが笑った。
「だから明かりを点けるんじゃないか。暗い中で探しても見つからないよ」
カチッと音がして、サイドテーブルの上のランプが点いた。
うわっ!
わたしは、慌てて毛布の中に潜りこんだ。
「志鶴」
圭吾さんが毛布の上から、わたしの頭をポンポンと軽くたたく。
「ほら、着せてあげるから起きなさい」
「いい。自分でする」
わたしは片手だけ出して答えた。
手の上にはらっと布が落ちてきた。
「僕は後ろを向いてるから」
毛布を目の下まで引き下げると、ベッドの端に腰掛ける圭吾さんの背中が見えた。
手にしていた物は、圭吾さんのパジャマの上側だった。
これなら取り合えずお尻まで隠れるから、まっいいか。
圭吾さんを気にしながら、ゴソゴソと着る。
こういう時、自分がものすごく無知で不器用な気がする。大人の女性は、こんな場面でどういう態度を取るものなの?
「もういいよ」
わたしのバカ――かくれんぼみたいじゃない。
圭吾さんが半身になって振り向いた。
わたしは落ち着きなく髪に手をやって、『グチャグチャになってる?』と訊いた。
圭吾さんはニッコリと笑って、わたしの髪を指で梳かした。
「綺麗だよ」
心臓が跳ね上がった。
髪、きっともつれてる。おまけにスッピンだし。
だけど――いつも『かわいい』としか言ってくれない圭吾さんが、『綺麗だ』って言った。
今、この瞬間、わたしはキレイ?
圭吾さんの心を、しっかりと捕まえるくらいに?
そう訊きたかったけど、言葉は出なかった。
「えーと」
わたしは、何だか決まり悪くなって俯いた。何を言えばいいのか分からない。
「ベッドに入りなさい」
圭吾さんが言った。
「まだ眠くない」
「直に眠くなるよ」
「おしゃべりするって約束よ」
「分かっているよ」
圭吾さんは枕を直してわたしを寝かせると、毛布と掛け布団をかけた。
それから滑り込むように隣に入ってきて、片肘をついてわたしを見下ろした。
圭吾さんの温もりがわたしを包み込む。
「今日は髪をちゃんと乾かしたんだね」
圭吾さんが言った。
いつもは長い髪を乾かすのが面倒で、半乾きのままでいる。
「だって圭吾さん、ずっと電話してるんだもの。待ってる間にドライヤーをかけたら乾いちゃった」
「ゴメンゴメン。司と話すと、どうしても長引くな」
「お仕事の話? 何かあったの?」
「特に変わった事はないけど、司って話が回りくどいんだよ。学校でも説教が長くないか?」
「そういえば全校集会の時、いつも挨拶が長いわ。クラスの男の子達はタイムを計って賭けをしてる」
圭吾さんが笑った。
「志鶴の事も言っていたよ。進路調査表を白紙で出したんだって?」
「白紙じゃないわよ。ちゃんと『まだ迷っています』って書いたもの」
「ほぼ白紙じゃないか。何を迷ってるの?」
「わたし……何をやったらいいのか分からないの」
「大学の学部の事?」
「それもあるけど……わたし、大学に行かなくてもいい?」
「それが君の本当の望みなら、いいよ。でも新しい環境で、よく知らない人達の中に入りたくないとか――そういう理由ならダメだ」
うっ……
「ちょっとは、そういう風に思ったけど」
わたしは渋々認めた。
「圭吾さんは、わたしを外に出したくないんだって思ってたのに」
「できれば、この部屋に閉じ込めておきたいくらいだね」
「じゃあ――」
「だけど、それ以上に君に色々な事を知ってほしいんだ。僕は途中でやめる事になってしまったけれど、大学生活は楽しかったよ」
圭吾さんは頭がいいから、そう言えるのよ。やりたい事もないのに受験勉強するのはつらいんだから。
「この家に来る前は、将来の事をどう考えていた?」
わたしは、少し考えた。
「正直言うと、あんまり深く考えた事ない。適当に行ける大学行って、OLさんになって、結婚してお母さんになる――みたいな?」
「それ聞いてると、お母さんになるのが一番の目的みたいだね」
圭吾さんは苦笑した。
「お母さんには僕がしてあげるから、他にやりたい事がないかよく考えてごらん」
はぁっ……
選択範囲が広いのも良し悪しだなぁ
今まで『なれるもの』にしかなった事ないんだもの、やりたい事なんて思いつかないよ。
「圭吾さんは、もし羽竜の当主じゃなかったら何になりたかった?」
「難しい質問だね。僕の場合は将来が決まっていたから、他の未来を考えた事がない」
圭吾さんは、『ならなきゃいけないもの』にしかなった事がないんだ……
「まあ、今は君との未来を考えたりするけどね」
優しい笑顔。
わたしは手を伸ばして圭吾さんに抱きついた。
「圭吾さん、大好き」




