表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編
141/171

2時間目~将来の展望 2

 急にペロがキャンキャンと吠え出した。


「来たね」


 悟くんはニヤッと笑って紅茶を飲み干した。


 来たって、何が?


 すると、いきなりドアが音高く開いて――


「悟っ! この性悪のドラ息子っ!」


 すごい怒鳴り声に驚いて、わたしは思わず美月に抱きついた。


「台詞が昭和だね」

 悟くんはピクリともせずに、言ってのけた。

「もう少し気の利いた怒り方できないの?」


「何だと!」


 鬼の形相で怒鳴り込んで来たのは、悟くんのお父さん――明彦おじ様だった。


「今日という今日は許さん! そこに座れ!」

「もう座ってるよ」

「母さんに何を言った?」

「犬を飼いたいって言うから、『父さんに言って』って言っただけだよ」

「お前、そこは母さんを止める所だろう?」

「だって可哀相じゃない。僕らが大きくなって寂しいんだって」

「冗談ぬかせっ! ゆうべの仕返しだろう? 大人気ないぞ」

「僕はまだ子供だよ。大人気ないのはどっち? そんな小さいのが怖いの?」


 悟くんがペロを指差した。

 ペロはサークルの中で、舌を出してしっぽを振っていた。


「うわあぁぁぁ! もう連れて来たのか!?」


「それはうちのですよ、叔父さん」


 開いた戸口から、圭吾さんが入って来て言った。


「志鶴が、悟に見せたいからって連れて来たんです。それと、怒鳴るのはやめて下さい。志鶴が怯える」


 わたしは美月に抱きついたまま、固まっていた。


「先輩、大丈夫ですか? なまはげを見た子供みたいになってますよ」


 美月が言った。


 なまはげ……そうよ。そんな気分よ。


「み……美月は驚かないのね」

「あー、わたしは小学生の頃からこの家に出入りしてますから、慣れっこです」


 おじ様が、決まり悪げに咳ばらいをした。


「とにかく、その……なんだ。母さんを止めてくれ」


「僕はやだね。大輔、お前が言えよ」


 悟くんの言葉に、大輔くんが顔をしかめた。


「えーっ! 俺もやだよ。犬かわいいし、飼ってもいいじゃん」

「お前もか、ブルータス!」


「三田先輩、ブルータスって何ですか?」


 美月が小声で訊いた。


「『何』じゃなくて『誰』。古代ローマの人。ジュリアス·シーザーの暗殺者の一人だよ」


 わたしも小声で答える。


「えっ? ジュリアス·シーザーって古代ローマの人なんですか?」

「初代皇帝だけど」

「そうなんですか? わたし、てっきりハリウッドの女優さんだと思ってました」


「俺もそう思ってた」


 大輔くんも言った。


「犬を飼う話より、世界史の指導方法を見直すのが先じゃない? 理事長センセ」


 悟くんが皮肉っぽく言った。


「生意気言うな。世界史は二年の授業だ。今年から二年生の美月ちゃんが分からないのは当然だ」


「悟」

 圭吾さんが、ため息混じりに言った。

「お母さんを説得して来い。上手くいったら、大学卒業までアルバイトとして雇ってやる」


「やりぃ」


 悟くんはニヤッと笑って立ち上がった。


 おじ様が悟くんをジロッと睨む。


「行け。僕達はもう帰るから、首尾は電話で報告してくれ――おいで志鶴」


 圭吾さんがわたしに手を差し出した。


「了解。じゃあ、しづ姫またね」


 悟くんは軽い足取りで部屋を出て行った。


「圭吾、あいつの口車に乗ったらひどい目に会うぞ」


 おじ様は顔をしかめて言った。


「分かっています。でも、その口車を利用しない手はないでしょう?」


 圭吾さんはペロを抱き上げてわたしに抱かせると、サークルを畳んだ。

 おじ様は部屋の一番端に避難している。


 ホントに苦手なんだ……


「噛み付きはしませんよ」


 圭吾さんがそう言ったけれど、おじ様は首を横に振った。


「怖いわけではないんだ。触れば情が移る」

 おじ様は、ちょっと困ったような顔をした。

「子供の頃、猫を飼っていた。わたしの不注意で死なせてしまった……それだけだ」


 圭吾さんは少しの沈黙の後、言葉を継いだ。


「叔母さんにそう言えばいいだけでは?」

「自分の弱い面を見せたくはない。分かるだろう?」

「ええ。でも弱い面をさらけ出すと、すごく優しくしてもらえますよ」


 おじ様は、圭吾さんとわたしを代わる代わる見比べて、『なるほど』と頷いた。


「お前がやけに柔らかくなったのは、そのせいか」


「まあ、そういう事です」


 圭吾さんは微かな笑みを浮かべた。


 そういう事って、どういう事?


「帰るよ、志鶴」

「あ、はい」


「三田先輩、またね」

 美月がにこやかに手を振った。

「次はベロを連れて、うちにも遊びに来て下さい」


 だから『ペロ』だってばっ!


「妖怪人間じゃねーし」


 大輔くんが、ボソッとツッコミを入れた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ