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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編
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2時間目~将来の展望 1

「で、これがそのワンコ?」


 悟くんがサークルの中を覗きながら言った。


「そう。可愛いでしょ?」


「普通の犬じゃん」


 悟くんの弟の大輔くんが呆れたように言う。


「名前は?」


 と、これは学校の後輩、竜田川美月。


「ペロ」

「ペロ?」

「昔持ってた絵本の犬が、ペロって名前だったから」

「ああ、『フランダースの犬』ですか?」


 フランダースの犬?


「美月、『フランダースの犬』は『ネロ』だぞ」


 大輔くんがそう言うと、悟くんは大袈裟にため息をついた。


「ついでに言わせてもらえば、『ネロ』は主人公の男の子で、犬の名前は『パトラッシュ』だよ」

「あー、じゃあ『青い鳥』だっけ?」


 悟くんは苦笑した。


「それは『チロ』。美月ちゃん、微妙に外してくるのはわざと?」

「わたしは、いつでも真剣です」


 そうだよね。


 美月は誰もが振り返るような美少女で、頭もいいのに、どこかズレている。


「皆さん、お茶はいかが?」


 開いたドアから、悟くんのお母さんが顔を出した。


「僕がやるよ。貸して」


 悟くんがサッと立ち上がって、お母さんからトレーを受け取った。

 ティーポットの紅茶に、お手製のパウンドケーキが添えられている。


「あら! 可愛いわね」

 悟くんのお母さんは、サークルの中を覗き込んで言った。

「要の所から貰って来たんですって?」


「はい」

「いいわね。わたしも一匹探してもらおうかしら」

「五人も子供がいるのに、まだペットの世話なんてしたいの?」


 悟くんが紅茶を注ぎながら言う。


 悟くんは五人兄弟だ。

 1番上がわたし達の高校の校長、司先生。次が要さんで、大学生の巧さん、わたしと同い年の悟くん、末っ子の大輔くんと続く。

 そのために悟くんの家には、わたし達が今いる部屋――二十畳はあろうかというプレイルームがある。この部屋なら、どんなに騒いでも平気だったろうな。


「だって、もうみんな大きくなっちゃったじゃない。司は結婚して独立しちゃったし、大ちゃんだってもう高校生だし」


「だからっ! 『大ちゃん』って呼ぶなよっ!」


 大輔くんが怒った。


「えっ! ダメなの?」


 美月が目を丸くする。


「美月にならいいけどさ、高校生にもなって母親にちゃん付けで呼ばれたくねぇよ」


「ほらね。ママは寂しいのよ。うちも犬を飼いましょうよ」


「それは父さんに言って」


 悟くんが言った。


「お父様ね……一応言ってみようかな」


 悟くんのお母さんは、ため息をついて部屋を出て行った。


「悟にぃ、ひでえ」


 大輔くんが笑った。


 どうして?


「ちょっとした仕返しだよ」

 悟くんがウインクした。

「うちの父、生き物が苦手なんだ。で、母の方はこうと思ったら突進するタイプ。おまけに母は子供の言う事は聞いても、父の言う事を聞いた試しがない。あの分じゃ、父が『うん』と言うまで『犬を飼おう』って粘るよ」


「仕返しって、お父さんと何かあったの?」


 わたしが訊くと、悟くんは軽く肩をすくめた。


「僕の進路の事で、ちょっとした意見の相違があってね。僕は基本、一族の仕事に関心がないんだ。はっきりとそう言ったら、大学の学費は出してくれないんだって」

「えっ? でも悟くん、勿体ないわ。すごく頭いいのに」

「しづ姫もそう思う? この才能を無駄にする事はないよね。そこで、だ。頭のいい僕は、圭吾から金を引き出そうと考えている」

「圭吾さんからお金を借りたら、結局は羽竜家の仕事をする事になるんじゃない?」

「そうでもないよ。圭吾の使いっぱしりをすればいいだけだもの。羽竜の仕事って、他にも色々面倒な事があるんだよ」


「悟さんって自由人ですよね」


 美月が言った。


「そっ。魅力的でしょ?」


 悟くん、意地悪。大輔くんが険悪な顔してるよ。


「素敵ですけど、わたしはもっと堅実な人が好みです」


「お、お、お、俺、堅実だよ。将来は体育教師になる」


 大輔くんが勢い込んで言った。


「そうね。大ちゃんは堅実なタイプだよね」

 美月がニッコリと微笑む。

「高校に行ったら、モテるよきっと。彼女できたらわたしに紹介するのよ」


 あ……あーあ。美月……あんたって、どうしてそう鈍感なのよ。


 ガックリと肩を落とす大輔くんが気の毒になる。


「美月は将来の事考えてる?」

「わたしですか? 今のところは父の事務所を継ごうかと」

「お父さん、税理士だっけ?」

「ええ。わたしは数字に強いから、合ってると思うんですよね」

「東京に出たいとか思わないの?」

「全然。どうしてですか?」

「美月、綺麗だし、モデルとか女優になれるんじゃない?」

「うーん……憧れないって言ったら嘘になりますけど、わたしはこの町を出たくないんです。ほら、他所には龍がいないでしょ?」

「そうだった」


 わたしは額に手をやって言った。


「あんたが龍ヲタクだっていうの忘れてた」


 『龍』とは、この町に棲息する翼のある爬虫類の事で、龍神様の使いだと言われている。

 美月と大輔くんは、龍を競わせる伝統競技『闘龍』の競技者なのだ。


「やだなあ。三田先輩も同じじゃないですかぁ」


 わたしも闘龍はやるけどね。自宅で龍を人工孵化させるあんたには、負けるわよ。


 でも、


 みんな意外と将来の事、考えてるんだな……




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