戸惑う午後 2
どうも圭吾さんに、完璧にはめられた気がする。
その日、貴子伯母様がニコニコして、『志鶴ちゃんの気持ちが三年後も変わらければ結婚すると圭吾から聞いたわ』と言った。
ん? 微妙にニュアンス違わない?
変わるも何もわたし、まだどんな気持ちにもなっていないんですけど。
「一時は、圭吾が立ち直れないんじゃないかと心配したものだけど、志鶴ちゃんのおかげで圭吾もすっかり明るくなったわ。本当にありがとう」
目を潤ませた伯母様に抱きしめられたんじゃ、違いますとは言えない。
和子さんに至っては、
「結婚は惚れた腫れただけで上手く行くものではございませんから、ちょうどよいご縁です」
と言う。
ちょっと待ってよ!
わたしにだって恋愛や結婚に理想があるのよ。『ちょうどいい』なんて言葉でくくられたくない
唯一の救いは、彩名さんには本当の事が言えた事。
「それは志鶴ちゃん、圭吾の作戦にまんまと乗せられたのよ」
「笑い事じゃないですよ、彩名さん」
彩名さんのアトリエで、わたしはむくれて言った。
「だいたい、ここに来て二ヶ月くらいしかたってないんですよ。どうやったら結婚話まで飛躍するんですか?」
「圭吾にしては我慢した方だと思うわ。あの子、たぶん志鶴ちゃんが来てすぐに気持ちを決めたのだと思うの」
マジで?
「志鶴ちゃんは今の圭吾しか知らないでしょうけれど、あの子、あなたが来てから本当に変わったのよ。よい方にね」
「伯母様は圭吾さんが立ち直れないんじゃないか心配していたって言ってましたけど」
「大袈裟に言った訳ではないのよ」
彩名さんは顔を曇らせて言った。
「高校生の時、圭吾には真剣にお付き合いしていた方がいたの。一つ年上で――わたしの隣のクラスの人だったわ」
「ひょっとして竜田川さんっていいます?」
「あら、ご存知?」
「妹さんの方ですけど」
感じは悪いけど、あの子のお姉さんならさぞかし美人だろう。
「竜田川優月さん。綺麗な方でね、圭吾は夢中だったのだけれど、父が亡くなって圭吾が忙しくなると自然に疎遠になってしまったのね。それで優月さんは、別の方とお付き合いをするようになったの」
「圭吾さんがフラれたって事ですか?」
「結果的にね」
『他に好きな人ができたらどうするの?』
『その時はあきらめるよ』
――わたし、知らないで圭吾さんに残酷なことを言った……
「ご縁がなかったものと諦めてくれればよかったのだけれど、あの子はすっかり気難しくなったわ」
彩名さんは悲しそうに言った。
「無理もないわね。まだ若いのに父親を亡くして大学もやめて、家を継がなきゃならなくなったのだもの」
親を亡くすのは、とてもつらい。
「彩名さんだって大変だったでしょう?」
「ええ。でもね、わたしはただ悲しんでいればよかった。そのうち志鶴ちゃんにも分かると思うけれど、圭吾には家業の他に一族の長としての仕事もあるの。あの子はいつもピリピリしているようになったわ。家族ともほとんど顔を合わせない、食事も部屋で一人きり」
えっ?
「でも……だって……」
「驚いた? 驚いたのはこちらもよ」
彩名さんはそう言って笑った。
「あの子ったら、志鶴ちゃんが来た日から夕食の席に顔を出すようになったの。圭吾は志鶴ちゃんの中に何かを見たのね」
「彩名さ~ん、プレッシャーかけないで下さいよ」
「実際の話、志鶴ちゃんにとっては何がいけないのかしら? 圭吾は見た目もいいし、経済力もある。あなたにはとても優しい。話も合うように見えるわ――圭吾が嫌いな訳ではないでしょう?」
「好きですよ。ただお兄さんにしか思えないだけで」
ため息をつく。
「圭吾さんだってお兄さんって態度のままだし……本気なのかなぁって」
彩名さんはクスッと笑った。
「それは圭吾に面と向かって言わない方がいいわね。その場であの子の部屋に引きずり込まれたいのなら別だけど」
うわぁーっ うわぁーっ どうしろっていうのぉ!
完全にわたしのキャパ超えてるって!
……涙目になりそう




