1時間目~いきものがかり 3
プレハブ小屋の中は賑やかだった。
中はいくつかのブースに分かれていて、それぞれに4、5匹の犬や猫がいた。それに、掃除をしている中学生くらいの男の子が一人と、女の子が三人。
「あーっ! 要ちゃん発見!」
一人の女の子が大声で言った。
「どこに消えてたんだよ」
「ゴメンゴメン。人を迎えに行ってたんだ」
八つの目が一斉にわたしを見た。
「新しいお仲間?」
「いや、里親候補だ
キャーッと歓声がおきた。
な……何事っ?!
「ねえ、どの子がいい?」
男の子が言う。
「俺のおススメはね、あの角にいる白のペルシャだよ」
「ううん。そこのミックスの方が可愛いって!」
えええっ?! どうしてそんなに推して来る?
「ボランティアでここを手伝ってくれてる子供達だよ」
松子さんが言った。
「よく言うよ」
男の子が笑う。
「みーんな訳ありで、要ちゃんに首根っこ捕まれた奴らさ。ここに放り込まれて松子ババにこき使われてる」
女の子達がウンウンと頷く。
「でも、楽しそうね」
わたしがそう言うと、男の子はニヤリと笑って『まあね』って言った。
「みんな自分の贔屓の子を飼って欲しいのさ」
松子さんは、真っ白い小犬をわたしの腕に抱かせながら言った。
「そりゃあ世話は行き届いてるよ。ここは清潔だし餌もたっぷりとあるからね」
あー、何か分かる。
「でも、愛情が足りない?」
わたしは元気よくすがりついてくる小犬を撫でた。
「こうやって撫でてもらったり、話しかけてもらったり――そういう事が大切なのよね」
「ねえ、お父さんやお母さんは飼っていいって言ってる?」
赤いピアスをした女の子が、わたしに訊いた。
「えーと……わたし、親戚の家にいるの。ペットを飼ってもいいとは言われてるわ」
「要ちゃん、やっぱり訳ありの子じゃん」
まあ、訳ありっていえば訳ありだよね。
「お前達の『訳あり』とはタイプが違うぞ」
要さんは女の子の鼻をつまんで笑った。
「あーっ!! アイだけズルイ!」
他の女の子が騒ぐ。
「要ちゃん、あたしもぉ!」
要さん、モテモテじゃん。
「みんなこの近くに住んでいるの?」
わたしは側にいた男の子に聞いた。
「アイは、ピアスしてるあいつな――ここの横に家があったろ? あそこで暮らしてる。松子オババの養女だから。他の二人は隣町の養護施設から来てる。俺も隣町。学校の寮にいるんだ」
「君、高校生だったの?」
「中坊だよ。4月から中3。中高一貫の全寮制の学校なんだ。できれば高校からは清流に編入したいんだけどさ」
男の子はため息をついた。
「親父がOK出さないんだ。親がいいって言えば、松子オババが下宿させてくれるんだけどね」
松子さんは引退した獣医さんで、病院を息子さんに譲って、アイちゃんと二人でここで暮らしてるのだという。
「まあ、このシェルターは道楽だよ」
松子さんはカラカラと笑って言った。
「ここはあたしの実家の跡でね、あたしの父親ってのも道楽みたいにここで牛飼いをしてたのさ」
「あたしもね、獣医さんになるんだ。それから要ちゃんの奥さんになる」
アイちゃんはわたしをチラッと見ると、要さんにしがみついて言った。
はいはい。盗らないわよ
「お前が獣医になる頃にゃ、要は中年親父だよ」
松子さんが容赦なく言った。
「中年親父だっていい!」
「モテているんだか、けなされているんだか、分からんな」
要さんは苦笑した。
その後見せてもらった犬や猫は、どの子も人懐っこくて可愛いかった。
要さんのおすすめは、白い靴下を履いたような黒い子犬だった。
「豆柴と何か分からない奴のミックスだ。トイレの躾もできてるし、吠え癖もないから育てやすいと思うよ」
ああ、この子カワイイ!!
わたしは座り込んで子犬を撫でた。子犬は、しっぽごとお尻をプルプルさせて擦り寄って来る。
「どう?」
どうしよう?
「圭吾さんに見てもらわなきゃ」
わたしがそう言うと、
「自分一人で決められないの?」
アイちゃんが馬鹿にしたように言った。
「そうよ」
だって親父が前に言ってたもの。
「それ、悪徳業者がよく使う台詞よ。信頼できる人に相談して決めるのは、恥ずかしい事じゃないわ」
「要ちゃんと同じ事言うんだね」
アイちゃんは顔をしかめてうなだれた。
「やっぱり要ちゃんの彼女なの?」
「違う。わたしの彼は、車のところで待ってるの」
アイちゃんは、ホッとしたような笑顔を見せた。
本当に要さんの事が好きなんだ……
それにしても、圭吾さんはどうして一緒に来てくれなかったんだろう。
考えられる事は一つ。
圭吾さんは動物が好きじゃない――とか?
「要さん、悪いけど、わたしやっぱり今日はこのまま帰るね」
圭吾さんが犬や猫が嫌いなら、無理してほしくない。ちゃんと話してもらわなきゃ。
「また来てもいいですか?」
「もちろん。いつでもどうぞ」




