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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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1時間目~いきものがかり 2

 車を降りると、塀の向こうから、犬の吠える声が聞こえた。

 塀の近くには家が一軒あるだけだ。

 家の向こう側には原っぱが広がっていて、真ん中に大きな木がポツンと生えていた。

 圭吾さんは、携帯で誰かに電話している。

 程なくゲートの横の扉が開いて、こちらに歩いて来る人影が見えた。


「やあ、いらっしゃい」


 あれ、(かなめ)さん?


 現れたのは、圭吾さんの父方の従兄の要さんだ。お仕事は警察官だけれど、私服ってことは非番らしい。


「こんにちは、要さん」


 やきもち妬きの圭吾さんを気にしながら、わたしは挨拶をした。


「ペットを飼いたいって言ってただろう?」


 圭吾さんがわたしの肩を抱きながら言った。


「ここは何?」

「飼い主が見つからない動物を一時的に保護する施設だよ。ペットショップで売れ残ったのとか、一般の家で生まれて引き取り手が見つからないのとか。羽竜の遠縁が運営しているんだ。要は、非番の日にボランティアで手伝っている」


「犬と猫がほとんどだけど、中を見てみないかい?」

 要さんが言った。

「お気に入りが見つかるかもしれない」


「見ます」


 わたしは頷いた。


「じゃ、要と行っておいで。気に入ったのがいれば連れて帰ろう」


 圭吾さんの言葉に、わたしは驚いた。


「圭吾さんは?」

「僕はここで待っているよ」

「でも――」

「いいから行っておいで」


 おかしい……

 絶対に変だよ。いつもの圭吾さんなら、必ずついてくるはずだもの。


「おいで、志鶴ちゃん」


 要さんに促されて、わたしは入口に向かった。

 途中、二回くらい振り向いたけど、圭吾さんは微笑んで手を振るばかりだ。


「要さん?」

「何だい?」

「圭吾さん、変じゃありません?」


 要さんはクスッと笑って、入口の扉を開けた。


「あいつは、いつも変だよ――はい、どうぞ」


 要さんが扉を押さえていてくれる。わたしは軽く頭を下げて中に入った。

 犬達が一斉に吠え立て、わたしはびっくりして要さんにしがみついた。


「みんな繋がれているから、大丈夫」

 要さんが優しく言う。

「犬は怖いから吠えるんだ。ほら、あいつを見てごらん」


 要さんが指さす方を見ると、大きなラブラドールレトリバーが檻の中でゆったりと寝そべって尻尾を振っていた。

 ライオンみたい。


「あいつは頭がいいから、志鶴ちゃんが怖い人じゃないってちゃんと分かっている」


 うん……なんかそうみたい。


「小さい犬はいないんですか?」

「いるよ。小型犬と猫はあっちのプレハブ小屋の中だ」


 わたしが動くと、犬達がまた一斉に吠えだした。

 わたしは要さんの腕にしがみつき、陰に隠れるようにして横向きに歩いた。


「志鶴ちゃん、普通にしたら? 犬にしてみたら、その方が怪しく見えるぞ」

「だって……」

「じゃあ手を繋ごう。俺が犬の側を歩くから。それでどうだい?」


 わたしは頷いて、要さんの手に自分の手をすべりこませた。

 ゴツゴツした大きな手。

 要さんは圭吾さんより背が高いから、手も大きいみたい。

 でも、優しい手だわ。それに、ちっともドキドキしない。


「圭吾には内緒だよ。殺されてしまう」


 うん。わたしも部屋から出してもらえないかも。


「要さんも、圭吾さんと同じね」

「どこ? 変なところが?」

「そうじゃなくって」


 わたしは笑って言った。


「さっきドアを押さえていてくれたでしょ? 圭吾さんもよくそうする」

「ああ――我ら羽竜一族はフェミニスト揃いなんだ。家を継ぐのは男だけれど、力の源は女性だから」

「力の源って?」

「身を守る霊力ってのは女性の方が強いんだ。子供を宿す身だからね。俺達、野郎は家族とか恋人の髪を身につけて、その霊力を借りる事が多い」


 そういえば、前に圭吾さんに髪をあげた事がある。でも、あの時は……


「じゃあ、わたしは全然力がないんだわ。髪の毛をあげたのに、圭吾さん怪我したもの」

「去年の十二月の話かい? 俺はその場にいなかったけど、かなり大変な仕事だったようだよ。うちの大輔が無傷で、圭吾の怪我があの程度ですんだのは、志鶴ちゃんの力があったから――そう考えたら?」

「そうだといいけど……」

「自信を持つ! もしも、そんな力がなくてもどうだって言うんだ? 圭吾は気にしないぞ」

「それは分かってる。でもね、圭吾さんの役に立ちたいとも思うの」

「そこにいるだけで、誰かのためになる事もあるんだよ」


 わたしは要さんを見上げた。


「ありがとう。要さんって説得上手ね」


 要さんは顔を赤らめて咳ばらいをした。


「仕事柄だな。こんな小さな町にも、家出少女や不良少年はいるんだ。本当に怖い事に巻き込まれる前に、誰かが手を差し延べなきゃね」

「だからお巡りさんになったの?」

「羽竜の仕事に都合がいいってのもあるよ」


「そうかい。あたしゃ、子猫を拾って来るのにちょうどいいからだと思ってたよ」


 後ろからハスキーな声がそう言った。

 振り向くと、短い白髪をツンツンに立てた白衣姿のお婆さんが、腰に両手をあてて立っていた。


「今日は、また随分と色っぽい子猫を拾って来たもんだね」


「松子さん、その舌は引っ込めてくれ」

 要さんが言った。

「この()は、本家の圭吾の婚約者だよ」


「噂のお姫様かい? こりゃ驚いた。圭吾にこんな趣味があったとはね」


 その『趣味』の中身、聞いていい?


「兄貴の結婚式に来れば会えたのに」

「あたしゃ、めでたい席が苦手なんだよ。葬式の方がよっぽどドラマチックで面白い」


 な……なんかジワジワと来る。


「志鶴ちゃん、この人は田辺松子(たなべ まつこ)さん。この施設の持ち主で、俺達の大叔母にあたる」

「はじめまして。三田志鶴です」


 わたしは慌てて頭を下げた。


「はいよ。さすが貴子さんだね。躾が行き届いて上品なもんだ。圭吾はどうした? あんたの後ろを、馬鹿みたいにくっついて歩いてるって聞いたんだけどね」


 わたしは耐え切れずに吹き出した。


「け、圭吾さんなら外の車のところに」


 やだ。声が震える。


「しょうがない子だね。男の子ときたら、どいつもこいつも図体ばかりでかくて、肝っ玉が小さいんだから」


「こき下ろすのは、それくらいにして」

 要さんが苦笑した。

「志鶴ちゃんは、里親になるかどうか決めに来たんだから」


「早くそれをお言い! 小さいのがいいんだよね? それとも猫かい?」


 えっ?! うわっ!


 松子さんは要さんからわたしをひっさらうと、プレハブ小屋へと引きずるように連れて行ったのだった。





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