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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第6話 花は桜の高3新学期編

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1時間目~いきものがかり 1

 桜の蕾がほころび始めた春休みのある日――圭吾さんがいきなり『出かけよう』と言い出した。


 圭吾さんとわたしは、母方の従兄妹同士。

 わたしの親父が海外赴任中なので、わたしは一年前から圭吾さんの家で暮らしている。


「どこに行くの?」


 わたしが訊くと、圭吾さんはニッコリと笑って『秘密』って言った。


 うーん……

 こういう時って、必ずサプライズがあるんだよね。今回は何かな?


「ああ、志鶴。今日はジーンズの方がいいよ」


 あら、珍しい。


 いつもの圭吾さんは、わたしに、『いかにも女の子』って格好ばかりさせるのに。

 ジーンズならいっぱいあるわ。この家に来る前は、ジーンズとTシャツと制服しか持ってなかったくらいだもの。


 クローゼットからお気に入りのリーバイスを引っ張り出す。上には長めの丈のチュニックブラウスを組み合わせた。


「これでいい?」


 着替えてから、圭吾さんの前でクルッと回ってみせた。


「うん。かわいいね」


 また、"かわいい"なの?


 六歳年上の圭吾さんが相手じゃ、わたしは"かわいい"が精一杯。

 でも、わたし達は婚約してもうすぐ一年だし、今年のバレンタインデーには大人の恋人同士にもなった。


 たまには『綺麗だよ』って言ってくれないかな。


 拗ねた台詞が出そうになったけど、グッと飲み込んだ。

 わたしが何か言えば、圭吾さんはこれから先、わたしに『綺麗だよ』って言ってくれるだろう。

 でも、わたしが欲しいのは『言葉』じゃない。

 圭吾さんに綺麗って思ってほしかったら、思ってもらえるように自分が頑張らなきゃ。


 今日は、圭吾さんも黒のジーンズだ。スリムで長い脚によく似合う。それと、少し切れ長の目元が綺麗。羽竜家の人って、美形揃いなんだよね。

 この圭吾さんに釣り合うためには、かなりの努力が必要かも。


「どうした?」


 圭吾さんがわたしの顔を覗き込んだ。


「えーとね」

 わたしは赤くなってうつむいた。

「圭吾さんに見とれちゃった」


 ちょっとだけ間があった。


「僕は君の基準に達してる?」

「基準って、何の?」

「君の彼氏としての。合格点をくれるかい?」


 わたしは頷いた。

 わたしの彼は圭吾さん以外に考えられないもの。

 圭吾さんはフッと笑うと、わたしの唇に掠めるような軽いキスをした。


 わわわっ! 心臓に悪い!!


「行こうか?」

「うん……」


 差し出された手に、自分の手を重ねる。

 ギュッと手を握られたら、わたしの胸もキュッと締め付けられた。


「ほら、リラックスして」


 圭吾さんが、からかうように言う。


 ドギマギして、リラックスなんてできないよ。

 何度キスしたって、何度抱かれたって、ちっとも慣れない。圭吾さんがわたしに触れる度に、心臓が止まりそうになっちゃう。


「今日のところは、もう悪さをしないからさ」


 うーん。ちょっとなら悪さもいいんだけどな――そんな軽口さえ、恥ずかしくてわたしには言えない


 圭吾さんは、言葉通り『お兄さん』に徹しようと決めたらしい。

 車に乗って家を出ると、優しい態度はいつも通りだったけれど、思わせぶりな仕草も、甘い言葉も引っ込めてしまった。

 ホッとするのと同時に、それはそれで物足りなさを感じてしまう。


 ダメじゃん、わたし


 圭吾さんが恋人らしくする度に、自然な態度が取れなくなってしまう。

 みんな、どうやって恋をしてるの? 恋の教科書があるなら見てみたい。


「ゆっくりでいいよ」

 わたしの心を見透かしたように、圭吾さんが言った。

「君はもう僕のものだから、君が僕の愛情表現に馴れるまでいくらでも待てる


 そうなの?


「わたしがオロオロしても気を悪くしない?」

「しないよ」


 わたしは少し気が楽になって、シートの上でモゾモゾと座り直した。


「ね、ホントに今日はどこに行くの?」

「近くだよ。郊外に出て、坂道を上る」

「それで?」

「たぶん、君が見た事もないものが見られる」

「雲海とか?」


 圭吾さんは笑った。


「それはまた次の機会に」

「あ……山登りがしたいわけじゃ……」

「雲海を見るのに山登りをする必要はないよ」


 だって、雲海って山の上から見るものでしょ?


 そう言いかけて、わたしは口をつぐんだ。

 羽竜一族は龍神様の子孫で、不思議な力を持っている人が多い。一族の長である圭吾さんは、その中でも特別なんだという。

 雲を呼び寄せるくらいできるのかも。


 いや、まさか――ね?


「朝早い時間なら何とかなるんだけど」


 はいっ?


「今はまだ寒いから、もう少し暖かくなってからね」


 やっぱりできるんだ……でも、寒いと何がダメなんだろ。


「君に風邪をひかせたら大変だ」


 そんな理由っ?!


 圭吾さんはわたしに甘い。ついでに過保護。


 人には兄貴扱いするなって言うくせに、これじゃ恋人っていうより保護者じゃない。


 わたしって、やっぱり子供っぽいのかなぁ。


「ほら、見えてきたよ」


 圭吾さんの言葉に顔を上げると、高い塀が見えた。金属製のゲートの横には大きな看板がある。


「ペットシェルター?」


 わたしは看板の文字を読んで、首を傾げた。




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