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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
おまけの圭吾編5

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気に入らない奴

「土曜日なのに学校へ行くの?」


 朝早く、制服に着替えている志鶴の背中に向かって僕は言った。


「うん、ちょっとね」


 その『ちょっと』って、何?


 危うく口にしそうになった大人気ない言葉を、僕は飲み込んだ。

 今日は君を独り占めできると思ったのに。


「航太がね、陸上の遠征でうちの学校に来るんだって」


 志鶴がスカートの襞を引っ張りながら言う。


「ふうん」


 僕は気のない返事をしながら、内心焦っていた。




 吉川航太よしかわ こうたは志鶴の実家のお隣りさん。同い年の幼なじみだ。

 志鶴と仲良しなのは、彼の双子の姉、夏実なつみちゃんの方ではあるが。

 実のところ、僕はこの少年が気に入らない。

 悪い奴じゃないんだ。

 むしろ良すぎる奴。スポーツ万能で、明るくて友達も多い。夏実ちゃんや志鶴には、お節介なほどの優しさを見せる。

 ちょっと乱暴な口調が志鶴には不評だが、それは数年もすれば決断力のある男らしさに変わるだろう。


 だからこそ気に入らない。


 志鶴の心が動くかもしれないじゃないか。

 それに、彼は僕と出会う前の志鶴を知っている。


 さらに気に入らない。


 できれば学校について行きたいくらいだ。


 でも、僕の気持ちに気づかない志鶴は、『じゃ、行って来るね』って僕の唇に可愛らしいキスを残して出かけてしまった。


 部屋は、火が消えたように寂しくなった。


 昨日の夜は、そこで志鶴にキスをした。僕は一気に熱くなって、危うく暴走しそうになった。


 でも、


 志鶴の小さな手が僕の頬に触れて、小さな声が『大好き』って囁いて――僕は落ち着いた。


 そう。志鶴は僕を愛してる。

 僕も度を越した不安は、そろそろ乗り越えてもいい頃だ。志鶴の心を信じて、僕は愛されているという自信を持って。志鶴は僕を捨てたりしない。


 ああ、君といたい。早く帰って来てくれ。





 午後遅くに帰って来た志鶴は、客を連れて来た。


「ども」


 ぶっきらぼうに僕に挨拶をしたのは、吉川航太だ。


「航太がね、わたしの住んでいるとこ見たいって」


 志鶴が無邪気に言う。


 そうだろうな。自分の目でしっかり確認したいはずさ。

 だって、上目遣いに僕を見る、奴の目が言っている。


 気に入らない奴――って


 奴は批判的な視線で、志鶴の暮らしぶりをチェックしているようだった。


「気に入らないところはあったかい?」


 志鶴に聞こえないところで、僕は訊いた。


「全部」

 ぶっきらぼうな声が答える。

「でも、しーは大事にされてんだな」


「大事だからね」


「いいのか? あいつが喉から手が出るほど欲しがってるのは、あんたっていうより、あんたの家族じゃないのか?」


「鋭いな……」

 僕はため息をついた。

「それでも僕には志鶴が必要なんだよ」


「馬鹿だな」

「男はみんなそうだろ?」

「まあな。俺だって、しーがあんなふうに笑わなかったら、あんたから取り返してる」


 おい、それが本音か?


「何てったって、俺の後ろには夏実がついている」


 奴はそう言ってニヤリと笑った。


 こいつ――


「僕の後ろにも姉がいるよ」


 自分でそう言ってから、僕は吹き出した。


「何だよ」

「いや、僕ら二人とも自力じゃないなと思って」

「そういやあそうだ」


「あら、二人で何の内緒話?」


 志鶴が不思議そうに訊く。


「ちょっとした冗談さ」


 僕がそう言うと、志鶴は小首を傾げて『似た者同士、話が合うのね』って言った。


 似た者同士?


「過保護で口うるさいところ、そっくりよ」


 僕と奴は顔を見合わせた。


「やっぱり、あんたは気に入らない奴だよ」

「お互い様だね」


 僕らは作り笑いを浮かべながら、小声で言い合った。



 僕らの天使は、こっちを見ながら嬉しそうな笑顔を浮かべていた。






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