マイ・ドール、マイ・ラブ
失敗した気がする。
志鶴にねだられて、人形作家である姉の彩名の個展に来た。
泊まりがけになるが、たまにはいいか――と、気軽な気持ちで来たわけだが。
初日は関係者を招いてのレセプションだという。
「圭吾君、盛装だからね」
彩名の友人で、今回の個展のプロデュースもしている安西女史が事前に電話で念を押した。
「志鶴ちゃんのドレスはこっちで用意するから。着てほしいのがあるのよ」
ホテルに届けられた箱には、ミントグリーンのスリップドレスが入っていた。
同じ色の透ける素材のストールと細いストラップの銀のサンダルも。
「着てみていい?」
志鶴がうっとりとした表情で訊く。
いつも僕が服を買ってやろうとする時は、買い過ぎだって怒るくせに。
いいよ。気に入ったならこのまま買い取るさ。
スリップドレスって普通はセクシーに見えるはずなのに、志鶴が着ると華奢な体が強調されて儚く見える。ストールの透明感が壊れ物を包む薄紙みたいだ。
「大人っぽく見える?」
志鶴が少し首を傾げて僕に訊いた。
全然。
そのデザインは、君の少女らしさを強調するためのものだよ。
「森の妖精のお姫様ってとこかな」
僕がそう言うと、志鶴は頬を染めてクルッと回って見せた。ほころんだ口元が愛らしい。
一瞬、全部はぎ取って押し倒してしまいたくなった。
まずい。
早めに出かけた方がよさそうだ。
恋人同士になったといっても、恥ずかしがり屋で臆病な彼女を抱く時は、理性を残していなきゃならない。
会場に着いて個展の関係者と会ううちに、僕は次第に苛立ってきた。
とにかく、志鶴を見る目が気に入らない。
いい年をした大人の男が、よだれをたらさんばかりに志鶴に見入る。僕が横にいなかったら、志鶴の肌に間違いなく手を触れていただろう。
「まあ、志鶴ちゃん、やっぱりそのドレス似合うわ」
そう言いながら近づいてきた安西女史に、僕は不機嫌に挨拶をした。
「安西さん、似合いすぎて悪い虫を追い払うのに苦労するよ」
「ふふふ、志鶴ちゃんって肌がきれいで生きてるお人形みたいだものね。人形コレクターにとっては垂涎の的よ。おかげでさっきから『あの子がモデルの人形はあるのか?』って問い合わせが殺到。愛好家の間で話題になるわ」
やはり、営業狙いか。
「こんなかわいい子を独り占めしてるんだから、少しは大目にみてよね」
安西女史は意味ありげにほほ笑んで言った。
「志鶴、もてているらしいよ」
僕がそう言うと、志鶴は僕の腕にしがみつくように抱きついた。
「おじさんにもてても嬉しくない」
志鶴がむっつりとして言う。
僕は笑ってしまった。
「もう! 笑わないで! わたしは圭吾さんに『きれい』って思われたらそれでいい」
『かわいい』じゃダメかい?
まあ、最近の僕は他人の趣味をとやかく言えるような立場じゃないな。
「幸せな男ね」
安西女史は僕の肩を拳で軽く小突いた。
「もう帰ってもいいわよ。二人っきりになりたくて、うずうずしてるみたいだし。彩名には言っておいてあげる」
「よかった」
僕は安堵のため息をついた。
「これ以上いたら、ここで始めるところだったよ」
「始めるって、何を?」
志鶴が不思議そうに僕を見た。
「ホテルに帰ったら教えてあげるよ」
一晩かけて、ね。
まずはそのストールをはぎ取って――いや、それはそのままの方がいいか。
暴走気味の妄想を抑えつけて、僕は志鶴の肩を抱いた。
「圭吾さん、変な事考えてない?」
志鶴が悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「さあね」
それは後のお楽しみだよ、マイ·ラブ。




