表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
おまけの圭吾編5

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

133/171

雪よりも白く

 机の引き出しから、古い封筒が出てきた。


 宛名には、かつての恋人の名前。三年前、出せなかった手紙だ。


 メールにしようかと思ったが、あまりに軽い気がして手紙にしたのだった。

 今となっては書いた言葉も思い出せないが、その時の気持ちは覚えている。


 愛している、戻って来てくれと、頼み込んでいるはずだ。


 あまりにも情けなくて、結局出せなかった。


 僕は優月の名を指でそっとなぞり、苦い笑みを浮かべた。


「さようなら」


 若すぎた自分に別れの言葉を告げて、僕は封筒ごとシュレッダーに突っ込んだ。


 ガガガと鈍い音をたてて、過去が粉々になった。シュレッダーが止まり、静寂が僕を包んだ。


 静か過ぎないか?


 僕は不意に不安になって、仕事部屋を出て居間を覗いた。


 志鶴がいない。


 僕の仕事が終わるまで宿題をやっているって言ったのに。テーブルの上には、閉じたノートと教科書が重ねられている。


 どこへ行ったんだろう。自分の部屋か?


 僕は階段を下りて志鶴を捜しに行った。



 いない。


 家中を捜しても志鶴はいない



 体中の血の気が引く思いがした。

 僕の血筋の中にある龍神の力――自分のために使うことはめったにないが、仕方ない。非常事態だ。

 両手を一拍打ち鳴らし、精神を集中させて志鶴を捜す。


 外?――雪だぞ。


 そういえば、朝、志鶴は窓の外を覗いて『圭吾さん、雪!』ってはしゃいでいたっけ……

 僕を待ちきれなくて外へ出たのか?





 裏庭の片隅で、しゃがみ込んでいる志鶴を見つけた。コート姿で、帽子や手袋を身につけてはいるが雪まみれだ。


「志鶴?」


 声をかけると、振り向きもせず『なぁに?』と返事をする。


「おいで。風邪をひくよ」

「ゆき……雪だるまを作ってたの。手袋の方にベタベタ雪がついて手が雪だるまみたい」


 鼻にかかった妙に明るい声――泣いていたのか?


 そばに行ってこちらを向かせようとすると、手を振り払われた。


「見ないで。わたしの顔、今、きれいじゃない。ヤキモチ妬いて、きれいじゃない」


 ヤキモチ?


「そ、外に出たくて、圭吾さんに言いに行ったら手紙を見てた」


 封筒を、だよ。


「悲しそうだった」


 女の感は鋭いな。


「もらった手紙を見ていたんじゃない」

 僕は言った。

「出さなかった手紙が出てきただけだよ。もうシュレッダーにかけたし」


「そうじゃないの」


 そうじゃない?


「圭吾さんの思い出だもの、大切にしていていい――そう思ってたのに、胸の中がモヤモヤして、頭の中がグルグルして……わたし、きたない」


 ああ、そうか。


 君が許せないのは僕ではなくて、君自身。自分の中の一点の汚れも許せないのだ。


 志鶴の年若さと幼いほどの潔癖さに、僕はたじろいだ。


 何を言えばいい?――僕もバカだな。迷っている場合か? 風邪をひかせてしまう。


 僕は強引に志鶴を抱き寄せた。


「嫌なら顔は見ないから」


 そう言って暴れる志鶴を宥める。

 志鶴は僕の胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくった。


 それでも


「け、圭吾さんが濡れちゃう」


 しゃくりあげながら志鶴が言う。


 僕はそっと微笑んだ。


 優しい志鶴。


「寒くなってきたね」


 僕がそう言うと、志鶴は慌てて顔を上げた。痛々しいほど真っ赤な目。


「大変! 風邪ひいちゃう!」


 それは君の方だよ。雪よりも真っ白で綺麗な僕の恋人。


「もう中に入ろう」

「うん」


 志鶴が素直にうなずく。


 僕は志鶴の手を引いて螺旋階段を上った。


「黙っていなくなるから、心配したよ」

「ごめんなさい」

「部屋に戻ったら僕を温めてくれる?」

「うん」


 僕の微笑みが大きくなる。


 部屋に戻ったら、濡れたコートを脱がせよう。風呂に入れて温めてやらなきゃ。


 それから約束通り、僕を満たして温めてくれ。


 かわいいため息で僕の心を。柔らかな肌で僕の体を。しっかりと包んで温めてくれ。


 自分でも汚いやり方だと思うが、構うものか


 死ぬほど僕に冷や汗をかかせたんだからね――





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ