我が心は変わる日なく3
「僕の方は、志鶴がいつ自分の誕生日だって思い出すのかなって思っていたんだけど」
圭吾さんは、おかしそうに言った。
「母や彩名は、自分の誕生日を忘れる人なんていないって言っていたんだ」
「普通はそうよね。でもバカみたいなんだけど、本当に忘れてた。だって、バレンタインデーの準備なんて初めてやったんだもん」
「僕としてはすごく嬉しいお言葉だね」
圭吾さんはそう言いながら、バスケットから大きなランチボックスを取り出した。
「何か色々詰めてくれたみたいだよ」
小ぶりのバースデーケーキは和子さんとお手伝いさん達からのプレゼント。
管理人の沢口さんからはミニブーケ。
ワイングラスにジンジャーエールを注いで、二人で乾杯の真似っこをした。
「二十歳になったらシャンパンでお祝いしよう」
ランチボックスの中身を少し食べてから、わたしは他のプレゼントの包みを開けた。
伯母様からは最初の二ページが写真立てになっている本型のアルバムだった。
『今時、アナログだね』って圭吾さんは言ったけれど、圭吾さんと一緒に写真を撮ってこれに入れようと心に決めた。
親父からのプレゼントもあった。
お正月に圭吾さんに預けて行ったのだという。何かのノートのようだ。
表紙にクリップで留められたバースデーカードを読んだ。
「ママの日記だわ。それと、大学にいた時の研究ノートだって」
思わず声が震えた。
「この服は彩名さんからなの。こんなにいっぺんにプレゼントもらったの初めて」
「それと竜城神社の龍神からも来てるよ」
圭吾さんは、カーテンを開け放った窓の外を指した。
「今夜は満月じゃないはずなんだが」
窓の向こうは濃紺の夜空で、絵に描いたような美しい満月が輝いていた。
「嘘みたい」
「羽竜にいると、こういう事がよくある」
圭吾さんは片手を伸ばしてわたしの髪を撫でた。
「今夜は一段と人形みたいに見えるな。初めて会った時はてっきり人形だと思った」
「こんな大きな人形なんてないわ」
「いや、彩名なら有り得るよ。中学生の時に、貯金をはたいて等身大の蝋人形を買ったんだから」
それは当時彩名さんが夢中になっていたアイドルの人形で、配達された時の異様な光景とお父さんの激怒ぶりが可笑しかったという。
「父の怒り方がまた的外れでね。『こんな男のどこがいいんだ』って――そっちかよってツッコミたくなったよ。別人のだったらいいのか?」
わたしは笑い転げた。
「すごい! その蝋人形はどうしたの?」
「たぶん、うちのどこかにまだあるよ。納戸のどこかで見知らぬ男が立っていたら、そいつだよ」
「わたし、きっと驚いて大騒ぎするわね。圭吾さんの変なお買い物はないの?」
「僕は羽目を外さないタイプの子供だったんだ」
圭吾さんは急にニヤッと笑った。
「そういえば今日、志鶴は学校で何かをやらかしたって?」
えっ?
「悟くんから聞いたの?」
「いや、司から」
げ――――っ!
校長の耳にまで入ってたの?
「それ、かなり尾ヒレがついた話だと思う」
わたしは今朝の松本さんと長谷川くんのいきさつを話した。
「昼休みに美月と会ったら、わたしが長谷川くんの胸倉つかんで怒って、泣かせた事になってた」
今度は圭吾さんが笑い転げる番だった。
そんなにおかしい?
「そういう話だったのか。司もはっきり言えばいいのに言葉を濁すから何事かと思ったよ」
圭吾さんはまだ笑っている。
「でも、『キスマークをつけて学校に寄越すのはやめてくれ』って、そっちははっきりとクレームをつけられた」
うぎゃ―――っ!
そっちも噂になってたんだ!
「圭吾さんが変な事するからよ」
わたしはむくれて言った。
「ごめん、ごめん。だって可愛かったから、僕のものって印をつけたくなったんだ」
悪いなんて思ってないでしょ。ずるい人。
「見えない所につけたつもりだったのに」
「見つけたのは美幸よ」
「ああ、あの娘は目がいいからな」
ついでに声もデカイわ。
ああ、でも
楽しそうに笑う圭吾さんを見ていると、何だか幸せ。
大好き。圭吾さんが大好き。
たぶん、わたしがあんなに長谷川くんに腹が立ったのは、自分を見ているようだったから。
子供っぽくて、臆病で、相手の優しさに甘えて自分の殻から出ようともしない。
そのくせ相手が距離を置こうとしたら、嫌だと駄々をこねる。
わたしだって、今、圭吾さんに『お兄さんのままでいる』って言われたら嫌だって言うはず。
『あなたが本気だって言うなら、本気を見せてみなさいよ!』
あれは、わたし自身に向けた言葉でもあるんだ。
でも今日なら、
みんなが愛を告白する今日なら――
「あのね、圭吾さん」
「ん? 何?」
わたしは姿勢を正して座り直した。
「わたし、圭吾さんの恋人になりたいの」
圭吾さんは優しく微笑んだ。
「君は僕の唯一の恋人だよ」
「そうじゃなくて」
ああ、もう! 気づいて!
「本当の恋人に。わたしを抱いて。そして愛して」




