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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編

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我が心は変わる日なく2

 放課後の学校は異様な雰囲気に包まれていた。


 告白大会って感じ。


 廊下の片隅で、人気のない特別教室で、頭をかきかきチョコを受け取る男の子、笑顔の女の子、友達の肩で泣く女の子――

 教室の窓からぼんやりと向かい側の棟を見ていると、わたしの横に美幸が並んだ。


「亜由美は?」

「義理チョコ配って歩いてる。十五、六個はあったよ」

「お歳暮みたい」


 わたし達は笑った。


「学校中、バレンタイン一色ね」


 わたしの言葉に、美幸が『そうね』と相槌を打つ。


「みんなきっかけが欲しいだけなんだよね。臆病な自分の背中を押してくれる何かって言うのかな」

「美幸は失恋した事ある?」

「あるよ。つらかったけど、この世の終わりって訳じゃない。志鶴は?」

「わたし、今まで恋をしたことないの」

「マジで? 彼氏いなかったのは分かるけど、誰にも? ちょっぴりドキドキとかもないの?」

「うん、まあ。今は圭吾さんにかなりドキドキしてるけど」

「じゃあ一生、失恋とは無縁だわ」

「それって、どうなのかな?」

「何が?」

「人はつらい思いを乗り越えて、大人になっていくものでしょ?」

「失恋以外にもつらい事はいっぱいあるよ。そっちを乗り越えれば?」

「そうか」

「志鶴って妙なところで真面目だよね」


 そうかな。




 しばらくして亜由美が戻って来て、わたし達は学校を出た。


「今日は真っ直ぐ帰るのね?」


 亜由美と美幸にからかわれたけど、今日は寄り道しない。家に帰って圭吾さんにバレンタインデーのプレゼントを渡すんだもの。


 喜んでくれるといいな。


 ウキウキしながら家の玄関に入ると、和子さんが待ち構えていた。


「ただいま。圭吾さん、家にいる?」

「いらっしゃいますが、その前に彩名様のアトリエへおいで下さい」


 あー、プレゼントを預けてるんだった。


「その前に伯母様にご挨拶――」

「奥様もアトリエにいらっしゃいます」


 えっ? 珍しい。


 和子さんに急かされて彩名さんのアトリエに行くと、いきなりバスローブと下着を渡され、アトリエ奥のシャワールームに押し込まれた。


 どうなってるの?


 言われるままにシャワーを浴びて出て来ると、息つく暇もなく髪をブローされ、フワフワした紫色のワンピースを着せられた。

 スクエアネックとフリルたっぷりのデザインに見覚えがある。


「彩名さん、これ、お友達のデザインした服じゃ……?」

「そうよ。あれは春のコレクションだから、今の季節向きにアレンジしてもらったわ。わたしからのプレゼントよ」

「えっ? あの……ありがとうございます」


「あらあら、圭吾の言う通りみたいね」

 伯母様が言った。


 何の事?


「今日は圭吾がデートを計画しているの」

 彩名さんがわたしの髪にコサージュ付きのピンを留めながら言う。


「そうなんですか?」

「そうよ。だからオシャレして圭吾の部屋に行って」

「はぁ……」

「ああ、でもその前に写真撮らなきゃ」


 呆気に取られていると、最後にわたしが用意したバレンタインのプレゼントを渡され、制服と鞄は部屋に置いておくと言われた。


 どうなってるの?


 首を傾げながら圭吾さんの部屋のドアを開けた。

 部屋の中は薄暗かった。


「圭吾さん? ただいま」


 怖ず怖ずと声をかけると


「お帰り。入っておいで」


 と、圭吾さんの声がした。


 声のする方に行くと、テラスへ出る大窓の前に圭吾さんがいた。

 床にはピクニック用のブランケットが敷いてあって、小さなテーブルとクッションがいくつか置いてある。

 電池式のキャンドルがほのかに光っていた。


「すごく可愛いね」


 圭吾さんは、わたしの姿を見てニッコリと笑った。


「ありがとう。今日はデートだって聞いたんだけど」

「そうだよ。お家デートを計画してみたんだ」

「ひょっとしてここでピクニック?」


 わたしが言うと、圭吾さんがうなずいた。


「ステキ!」

「よかった。今日は二人っきりで過ごしたかったから」


 圭吾さんはそう言うと、リボンをかけた細長い箱を差し出した。


「誕生日おめでとう」


 えっ?


「ああ、そうよ。そうだった」


 わたしは急に可笑しくなって笑い出した。


「忘れてた」

「そうじゃないかと思ってた」

「開けていい?」

「どうぞ」


 箱の中には、ハートを象った金のペンダントが入っていた。


「可愛い! つけて!」


 圭吾さんにつけてもらうと、金のハートは鎖骨の間に収まった。


「わたしもプレゼントがあるの。ハッピーバレンタイン」


 わたしがプレゼントを差し出すと、圭吾さんは微笑んだ。


「昨日織った布だね? 開けていい?」

「どうぞ」


 わたし達は床に座った。

 圭吾さんが箱を開けてブラウニーをつまんだ。


「これ、志鶴が作ったの?」

「そうよ。ほぼ一人でね」

「ありがとう。おいしいよ」


 次に圭吾さんはローションの小瓶を取り出した。


「それもね、わたしが選んだの」

「僕を置いてショッピングに行った時だね?」

「そうよ」


 わたしはクスクスと笑った。


「とんでもないショッピングだったわね」

「まったくだ」


 圭吾さんも笑う。


「いい匂いだね」

「ホント? 気に入った?」

「うん。次からもこれにしようかな」


 よかった!


「僕のために、いっぱい頑張ってくれたんだね」


 圭吾さんが微笑む。


 そうよ。いっぱいいっぱい頑張ったのよ。自分の誕生日を忘れるくらい、ね。


「圭吾さんの笑顔が見たかったの」


 わたしがそう言うと、圭吾さんは笑みを浮かべて身を乗り出し、わたしの唇にそっとキスをした。


 胸が痛いほどドキンとした。



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