どんなに上手に隠しても4
「ちょっと話して来る」
松本さんは、長谷川くんの方へ歩いて行った。
「待ってる?」
悟くんがわたしに言った。
「うん。その方がいいと思う」
「おはよう。メッセージ見てくれた?」
松本さんが穏やかな声で長谷川くんに言う。
「見たよ」
長谷川くんの方は喧嘩腰だ。
「あんな早くに家出て今頃来るなんて、どこで何してたんだよ」
「今日は君を避けてたの。でも、卑怯だった。はっきり言うね。毎朝迎えに来てほしくないの」
松本さんは、顔を上げて真っ直ぐに長谷川くんを見た。
「どうして? 俺、何か気に障ることした?」
「そうじゃなくて、普通に登校して、普通に会ったら『おはよう』って言える関係でいたいの」
「それじやゃ、ほとんど会えない。最近は図書室にも来てくれないし」
「いつもベッタリ一緒にいたら、付き合っているのと変わらないでしょ。じゃあね」
松本さんは手を振って歩き出した。
「加奈? 待って、加奈!」
長谷川くんは、前に回り込んで松本さんの腕をつかんだ。
「友達ならいいって言ったじゃないか!」
「友達よ。これからも会えばおしゃべりする。最初に会った頃みたいに」
「そんなの嫌だ! 俺は加奈といたいんだ!」
長谷川くんが叫ぶように言う。
まるで駄々っ子だわ。
「泥沼の展開になってきたな。一歩間違えればストーカーだ」
悟くんがつぶやく。
「あれ? しづ姫、どこ行くの?」
慌てたような悟くんを残し、わたしは長谷川くんの横に行った。
「ちょっと、あなた」
わたしは長谷川くんのマフラーを掴むと、ぐいっと下に引っ張った。
長谷川くんの顔が目の前に来る。
「子供みたいな真似はよしなさい」
「だって、加奈が!」
やかましいわね。
「大切なものをぶち壊したのは自分でしょ?」
「加奈は分かってくれると思ったのに! 俺がチャラいのは見せかけだって」
「松本さんは分かってるわよ。でも、女の子にルーズなのは我慢できないって」
「だから、それも見せかけだってば!」
「どうして、そんなことしてるのよ」
「俺の勝手だろ!」
わたしはマフラーを掴んだ手をパッと離した。長谷川くんがよろめく。
「じゃあ勝手にしなさいよ。好きな女の子を傷つけても平気なんでしょ。松本さんはね、あなたに好かれている自信がないのよ。あなたが本気だって言うなら、本気を見せてみなさいよ!」
この、バカ男っ!
長谷川くんは、うなだれてしまった。図体ばかり大きいけど、一年生だものね。まだ子供っぽいんだ。
松本さんは呆気にとられたように、わたしと長谷川くんを見ている。
「松本加奈さん!」
長谷川くんがいきなり大声で言った。
「あなたが好きです! っていうかずっと前から好きだったんです。図書室で声をかけた時は心臓がバクバク言ってて、冷や汗も出て、付き合ってくれるって言われた時は嬉しくて泣きそうだった」
そうそう その調子よ。
「でも俺、中学からずっと、ガリ勉って思われるのが嫌でチャラ男やってたから、その癖が抜けなくて――ごめんなさい! もう二度と、他の女の子とイチャついたりしない。だから……だから、もう一度付き合って下さい!」
言えば言えるじゃないの。
辺りはしんと静まり返っている。
「ちょっと、松もっちゃん」
後ろの方から、亜由美の声がした。
「そのデカイの何とかしなさいよ。邪魔よ。飼うの? 屠殺場送りにするなら手伝うけど」
「えっ? あっ! 飼います! いえ、付き合います」
松本さんの言葉に、固唾を呑んで見守っていた生徒達がドッと笑った。
「加奈ぁ」
長谷川くんが泣きながら松本さんに抱きついた。
「泣かないの。バカね」
松本さんは抱きつかれたまま、優しく背中をさすった。
「ゴメンね。今日はバレンタインデーなのに何にも用意してないわ」
「何もいらない。俺といて」
あれ? どこかで聞いた台詞。
「明日、二人でコンビニに行くといいよ」
悟くんが陽気に声をかけた。
「チョコレート、半額のはずだから」
わたしは思わず笑ってしまった。
動き出した生徒達の間を縫って、亜由美と美幸が近づいて来た。
「おはよう。もう行かない? カップルは放っておいて」
亜由美が言った。
そうね。
わたし達は生徒玄関に向かって歩きだした。
「でも、志鶴があんなに大きな声を出すの初めて見た」
と、美幸。
「どうしちゃったの?」
「だって、あんまり子供っぽくてイライラしたんだもの」
「志鶴に子供っぽいって言われるなんてよっぽどね。小学生レベルってところかしら?」
亜由美、ひどっ!
「まあ、圭吾と付き合っていれば、男子高校生なんて全員子供に見えるだろうさ」
そうなのかなぁ?
「あれ? 志鶴、ちょっと」
美幸がわたしの髪を掻き上げた。
「ああ、何だ。キスマークか」
うわっ! 美幸、声でかいって!
ふ……振り向かないで、みなさん。
ああ、もう! 圭吾さんのバカ!




