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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編
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くれない匂う3

 程なくわたし達と落ち合った圭吾さんは、ひどく不機嫌だった。

 こんなに早く着いたのは、龍神の通り道だという龍道を通って来たからだ。


「どうなっている、悟? 電話じゃ全く話が分からなかったぞ」


 わたしでもビビりそうなくらい厳しい声。


「そうだろ? 電話じゃ埒が明かないから呼び出したんだよ」


 悟くんは飄々と切り返す。


「志鶴」


 圭吾さんが苛立ったようにわたしを呼ぶ。


「はいっ!」


 勢いよく返事をしたものの、美幸にピッタリとくっついたままのわたしを見て、圭吾さんは顔をしかめた。


「おいで、志鶴」

 口調が和らいだ。

「こちらへ。君が無事かどうかを確かめさせてくれ」


 わたしは、おずおずと圭吾さんの前まで行った。


「怖がらないで」

 圭吾さんは、わたしの頬に触れてそう言った。

「君に怒っているわけじゃない」


 じゃあ誰に怒っているの? それとも、何に、かな?


 ゆっくりと身を寄せると、圭吾さんはそっとわたしを抱きしめた。


「生霊の顔を見た?」

「ううん。ほら、写真を撮る時に逆光だと顔が真っ黒になるでしょ? そんな感じだった」


「わたしは見えたわ」

 美幸が言った。

「ショートカット、赤いプラスチックフレームのメガネ。唇の左下側にホクロ。年は三十代後半ってところかな」

「あの一瞬でそれだけ見えたの?」

 悟くんが驚いたように言った。

「滝田はもともと『遠見とおみ』の家よ。それに羽竜の血が入ってるんだもの」

 美幸は肩をすくめた。

「でも、恨みつらみって顔じゃなかったんだよなぁ」


 圭吾さんは、顔をしかめて小さく唸った。


「で、常盤の名前を口にした?」

「うん。『あなた道隆くんの恋人?』って。心あたりある?」

「ある」


 えっ、本当?


「ただ、どうしてなのか理解できない」


 圭吾さんがわたしの髪を撫でる。


 あの……ですね。家じゃないんで、そろそろ放してもらえたらなー、とか――言い出せない感じか……



 圭吾さんが思い当たると言った女性――めぐみさんは、数年前まで常盤さんのお父さんの秘書をしていた女性で、常盤さんを弟のように可愛がっていたという。


「故郷で縁談があって事務所を辞めたんだ。円満退社だと聞いてるし、常盤と恋仲だったわけでもない。年が違いすぎる」

「世迷い言を言うなよ」

 悟くんが言う。

「恋に年齢も性別も関係ない。当事者同士にしか分からない何かがあるんだろ。そうじゃなきゃ、生霊になるほど思い詰めないって」

「呼び出すか。気は進まないが、このままって訳にも行かないしな」

 圭吾さんはわたしから手を離した。

「お嬢さん達はどこかでお茶でも飲んでいるといい」


 あっ 子供扱いしたわね。


 プッとふくれたわたしの腕を亜由美が引っ張った。


「はいはい、志鶴はこっちへ来る。邪魔しちゃダメよ」


 う……亜由美まで。


「悟、僕が呼び出したらすぐに結界を張れ。今度は逃がすなよ」

「了解」


 圭吾さんがパシッと手を打った。



「早くいこ」


 美幸がみんなを急かすようにしながら歩き出した。

 わたしも仕方なくみんなと一緒にその場を離れたけれど、なぜか後ろが気になる。


「ほら、志鶴。わたし達がいたって邪魔になるだけだから」


 亜由美にそう言われて、わたしはワッと泣き出した。


「何? 何? わたし、何か悪い事言った?」


 ううん そうじゃない。


「わ……わたし、美幸みたいだったらよかったのに。圭吾さんがお仕事するのに、何の役にもたたない。おまけに心配ばかりかけて」

 情けなくも鼻水をすする。

「黙って家にいればよかった。もう出かけたりしない」

「ああもう、極端なんだから」

 亜由美がティッシュを取り出した。

「ほら、鼻かんで。女子高生が情けないわね。元気出して。仕事の助けにはならないかもしれないけど、圭吾さんにはあんたが必要なのよ」

「それだって違う。け……圭吾さんが本当に必要だったのは別の人だもん。わたしじゃなくたっていいのよ」


 何だろう? どうしてわたし、こんなネガティブな事ばかり言っているの?


「志鶴?」


 美幸がわたしの顔を両手で挟んだ。


「こっち見て。わたしの目、見て――憑依かな? 違う……同調してる。亜由美、戻って圭吾さんを呼んできて! 志鶴が生霊に心を引っ張られてる!」




 寒い 寒い 寒い


 美幸がわたしの背中をさすってくれてる。


「しっかりして。すぐに圭吾さんが来るからね。志鶴、あんた気持ちが優しすぎるのよ。何にでも同情しちゃだめなのよ」


 暗い 暗い 暗い


 幸せになっちゃだめなの。自分だけ幸せになっちゃだめなの。


「志鶴!」


 圭吾さんの声がする。

 わたしを抱く手が、美幸の優しい手から圭吾さんの力強い腕に替わるのが分かった。


「ごめんなさい。わたしじゃ、圭吾さんの役に立たない」


 震える手がわたしの頬を撫でる。


「志鶴、しっかりして。僕を見て。君じゃなきゃだめだ」

「ごめんなさい。わたしじゃだめなの。優月さんにはなれないもの」


 わたし、何言ってんだろ。


「バカなこと言うな。僕がいつそんな事を言った?」

「わたし、圭吾さんにあんな寂しそうな顔しかさせられない――道隆くんをあんな冷たい家に置き去りにした」


 自分でも意識が錯乱してくるのが分かった。自分のではない言葉が口をついて出る。


「卑怯だわ。彼のためと言いながら、結局は自分の幸せのために彼を見捨てた」


 心が暗く蝕まれていく。彼女の強い思いに引きずられる。


 わたしは、命綱にすがるように圭吾さんの服を掴んだ。



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