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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編
120/171

くれない匂う1

 うーん……どうしてこんなに品物があふれているんだろ。


 バレンタインデーグッズを売る特設ストアときたら、赤とピンクのハートがこぼれ落ちそうな別世界だ。


「あー、そのチョコおいしそう」


 お高いトリュフチョコレートのサンプルを、かぶりつくように見ているわたしに、美幸が呆れたように首を振った。


「もう、カッコ悪いわね。買って食べればいいじゃん」

「『自分で食べます』ってカッコ悪くない?」

「言わなきゃ分かんないでしょ」


 そうか。


「でも、確かに変よね」

 亜由美が言う。

「絶対に女の子の方がチョコレート好きなのに、どうして男の子にプレゼントしなきゃならないの?」

「製菓会社が目測を誤ったんだろ」

 悟くんはカラフルな男性用下着のパックを手にしながら言った。

「それ、誰かに贈るんですか?」


 こら、美月! そんなのガン見すんじゃない!


「自分ではこうかな。美月ちゃんもどう? うちの大輔に」

「そうですね……」


 もう、悟くんったら、綺麗な顔してホントに人が悪い。そんなの美月から貰ったら、大輔くん卒倒するよ。


「そういえばさ」

 美幸が言った。

「志鶴って、お小遣どうしてるの?」


 わたしは何とかトリュフチョコのサンプルから目を離した。


「親父のお給料の一部が、毎月わたしの口座に振り込まれるようになってるの。生活費は圭吾さんが絶対受け取らないけど、授業料とかわたしのお小遣はそこから出してる。本当はアルバイトしてプレゼントを買いたかったんだけど」

「それは無理でしょう」

 亜由美が言った。

「うん。圭吾さんに内緒でできる事はこのくらいが限度よ」


 それにしても、何を贈ろう?


 チョコレートやギフトパッケージに混じって、プレゼントにすぐ選べるような小物が並んでいる。


 靴下、ネクタイ――お父さんじゃあるまいし。

 ハンカチ――微妙。

 お酒――圭吾さんはほとんど飲まない。

 下着――論外。


 お財布とか? カードケース?


 あっ あった!


「ねえ、ねえ、悟くん! こういうのって、いつもはどこで売ってるの?」


 悟くんはわたしが手にした小瓶を見た。


「店は女性用と一緒だよ」

「そっちの方がいっぱい種類があるわよね」

「OK――大野、しづ姫が化粧品を見たいって言うから、先にそっちへ連れて行く」


 亜由美が了解というように片手を上げた。


「行ってらっしゃい。わたし達はこの辺をぶらついてる」



 悟くんが連れて行ってくれたのは、ブランド化粧品を扱っているお店だった。

 こんなところ、来た事ない。

 美人なアドバイザーのお姉さんに『いらっしゃいませ』と言われた時点で、わたしの守備範囲を越えてしまっている。

 一瞬、悟くんに話してもらおうと思った。


 ダメダメ。


 わたしのプレゼントなんだから、自分で頑張らなきゃ。


「あの……バレンタインデーにプレゼントする物を探しているんですけど」


 ほら、言えた。


「いろいろ取り揃えておりますよ。どうぞこちらへ」


 お姉さんに案内されて、わたし達は奥の白いカウンターまで行った。

 カウンターには先客がいて、若い女の人がカウンターに並べられた色とりどりのメイクアップ化粧品を選んでいる。

 椅子に座っている女性の後ろには、背の高い男性。

 いかにも手持ち無沙汰な感じで、女性が『この色どう?』ってきく度に、『ああ、いいね』と判で押したように答えている。


 飽き飽きしてるのに気が付かないのかな? それとも、飽き飽きしていても構わないとか?


 ん? あれって――


「常盤さん?」


 わたしの声に振り向いたのは、やはり常盤さんだった。


「やあ、また会ったね。先日は大変お世話になりました」

「どういたしまして」


 悟くんが、わたしの腕を軽く引っ張った。


「ねえ、誰?」

「常盤道隆さん。代議士の常盤先生の秘書の方よ」

「ああ、分かった。圭吾の知り合いか」


 常盤さんは悟くんをまじまじと見た。


「君も羽竜家の?」

「僕は羽竜悟。分家の四男坊。しづ姫の守役(もりやく)だよ」


 常盤さんは戸惑ったように目をパチパチとさせた。


「うちの一族では、彼女の遊び相手というのは非常に名誉な事なんだ」

 悟くんは愛想よく言った。

「僕は将来、圭吾の右腕となる。お見知り置きを。覚えておいて損はないよ」

「羽竜の右腕となるのは君のお兄さんじゃないのか?」

「兄は結婚相手を選んだ時点で、第一線から退いたのさ」


 悟くんはカウンターの椅子を引いてわたしを座らせ、自分も横の椅子に腰掛けた。


「さてと、じゃあオススメの品を見せてくれる?」


 詐欺師。


 この町でも、商業施設の不動産は羽竜一族の持ち物が多い。さりげなく羽竜の名前を出すことで、悟くんはその場を支配してしまった。


 もう、やりすぎよ!

 丁重な接客に、わたしの方が緊張しちゃう


 コロン? トワレ? パフューム?

 ちんぷんかんぷん。違いは何?

 アフターシェービングローション。

 ああ、それなら分かる。


「あ、これ圭吾さんが使っているやつ」

「ダメだよ」

 悟くんが笑った。

「君の好きな香りのを買わなきゃ、選ぶ意味がないだろう?」


 そうか。


 お姉さんにサンプルの匂いを嗅がせてもらって、わたしは柑橘系のほのかな香りがするローションを選んだ。

 それと、ピンクのリップグロスを一本。

 家に帰ったら、絶対に『何を買ったの?』って訊かれるもの。


「しづ姫って、香水類つけないね」


 悟くんにそう言われて、支払いをしていたわたしは深く考えずに答えた。


「だって一緒に寝てるから、圭吾さんに匂いが移っちゃう気がして」


 常盤さんが喉を詰まらせたような声を出した。


 あれ? わたし、今すごいコト言わなかった?


 悟くんはゲラゲラ笑っている。

 お店のお姉さんはさすがにプロで、顔色ひとつ変えない。


 常盤さんの連れの女性が、目を丸くしてわたしを見ていた。


「羽竜本家に花嫁候補が来ているって噂、本当なのね」


 そうよ。


「こんな子供だなんてビックリだわ」


 大きなお世話よっ!




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