くれない匂う1
うーん……どうしてこんなに品物があふれているんだろ。
バレンタインデーグッズを売る特設ストアときたら、赤とピンクのハートがこぼれ落ちそうな別世界だ。
「あー、そのチョコおいしそう」
お高いトリュフチョコレートのサンプルを、かぶりつくように見ているわたしに、美幸が呆れたように首を振った。
「もう、カッコ悪いわね。買って食べればいいじゃん」
「『自分で食べます』ってカッコ悪くない?」
「言わなきゃ分かんないでしょ」
そうか。
「でも、確かに変よね」
亜由美が言う。
「絶対に女の子の方がチョコレート好きなのに、どうして男の子にプレゼントしなきゃならないの?」
「製菓会社が目測を誤ったんだろ」
悟くんはカラフルな男性用下着のパックを手にしながら言った。
「それ、誰かに贈るんですか?」
こら、美月! そんなのガン見すんじゃない!
「自分ではこうかな。美月ちゃんもどう? うちの大輔に」
「そうですね……」
もう、悟くんったら、綺麗な顔してホントに人が悪い。そんなの美月から貰ったら、大輔くん卒倒するよ。
「そういえばさ」
美幸が言った。
「志鶴って、お小遣どうしてるの?」
わたしは何とかトリュフチョコのサンプルから目を離した。
「親父のお給料の一部が、毎月わたしの口座に振り込まれるようになってるの。生活費は圭吾さんが絶対受け取らないけど、授業料とかわたしのお小遣はそこから出してる。本当はアルバイトしてプレゼントを買いたかったんだけど」
「それは無理でしょう」
亜由美が言った。
「うん。圭吾さんに内緒でできる事はこのくらいが限度よ」
それにしても、何を贈ろう?
チョコレートやギフトパッケージに混じって、プレゼントにすぐ選べるような小物が並んでいる。
靴下、ネクタイ――お父さんじゃあるまいし。
ハンカチ――微妙。
お酒――圭吾さんはほとんど飲まない。
下着――論外。
お財布とか? カードケース?
あっ あった!
「ねえ、ねえ、悟くん! こういうのって、いつもはどこで売ってるの?」
悟くんはわたしが手にした小瓶を見た。
「店は女性用と一緒だよ」
「そっちの方がいっぱい種類があるわよね」
「OK――大野、しづ姫が化粧品を見たいって言うから、先にそっちへ連れて行く」
亜由美が了解というように片手を上げた。
「行ってらっしゃい。わたし達はこの辺をぶらついてる」
悟くんが連れて行ってくれたのは、ブランド化粧品を扱っているお店だった。
こんなところ、来た事ない。
美人なアドバイザーのお姉さんに『いらっしゃいませ』と言われた時点で、わたしの守備範囲を越えてしまっている。
一瞬、悟くんに話してもらおうと思った。
ダメダメ。
わたしのプレゼントなんだから、自分で頑張らなきゃ。
「あの……バレンタインデーにプレゼントする物を探しているんですけど」
ほら、言えた。
「いろいろ取り揃えておりますよ。どうぞこちらへ」
お姉さんに案内されて、わたし達は奥の白いカウンターまで行った。
カウンターには先客がいて、若い女の人がカウンターに並べられた色とりどりのメイクアップ化粧品を選んでいる。
椅子に座っている女性の後ろには、背の高い男性。
いかにも手持ち無沙汰な感じで、女性が『この色どう?』ってきく度に、『ああ、いいね』と判で押したように答えている。
飽き飽きしてるのに気が付かないのかな? それとも、飽き飽きしていても構わないとか?
ん? あれって――
「常盤さん?」
わたしの声に振り向いたのは、やはり常盤さんだった。
「やあ、また会ったね。先日は大変お世話になりました」
「どういたしまして」
悟くんが、わたしの腕を軽く引っ張った。
「ねえ、誰?」
「常盤道隆さん。代議士の常盤先生の秘書の方よ」
「ああ、分かった。圭吾の知り合いか」
常盤さんは悟くんをまじまじと見た。
「君も羽竜家の?」
「僕は羽竜悟。分家の四男坊。しづ姫の守役だよ」
常盤さんは戸惑ったように目をパチパチとさせた。
「うちの一族では、彼女の遊び相手というのは非常に名誉な事なんだ」
悟くんは愛想よく言った。
「僕は将来、圭吾の右腕となる。お見知り置きを。覚えておいて損はないよ」
「羽竜の右腕となるのは君のお兄さんじゃないのか?」
「兄は結婚相手を選んだ時点で、第一線から退いたのさ」
悟くんはカウンターの椅子を引いてわたしを座らせ、自分も横の椅子に腰掛けた。
「さてと、じゃあオススメの品を見せてくれる?」
詐欺師。
この町でも、商業施設の不動産は羽竜一族の持ち物が多い。さりげなく羽竜の名前を出すことで、悟くんはその場を支配してしまった。
もう、やりすぎよ!
丁重な接客に、わたしの方が緊張しちゃう
コロン? トワレ? パフューム?
ちんぷんかんぷん。違いは何?
アフターシェービングローション。
ああ、それなら分かる。
「あ、これ圭吾さんが使っているやつ」
「ダメだよ」
悟くんが笑った。
「君の好きな香りのを買わなきゃ、選ぶ意味がないだろう?」
そうか。
お姉さんにサンプルの匂いを嗅がせてもらって、わたしは柑橘系のほのかな香りがするローションを選んだ。
それと、ピンクのリップグロスを一本。
家に帰ったら、絶対に『何を買ったの?』って訊かれるもの。
「しづ姫って、香水類つけないね」
悟くんにそう言われて、支払いをしていたわたしは深く考えずに答えた。
「だって一緒に寝てるから、圭吾さんに匂いが移っちゃう気がして」
常盤さんが喉を詰まらせたような声を出した。
あれ? わたし、今すごいコト言わなかった?
悟くんはゲラゲラ笑っている。
お店のお姉さんはさすがにプロで、顔色ひとつ変えない。
常盤さんの連れの女性が、目を丸くしてわたしを見ていた。
「羽竜本家に花嫁候補が来ているって噂、本当なのね」
そうよ。
「こんな子供だなんてビックリだわ」
大きなお世話よっ!