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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編
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枯れ木残らず花が咲く3

「愛って何?」


 放課後の図書室で、わたしは両手で頬杖をつきながら尋ねた。


「何? そんな哲学的な話がしたくて僕を呼び出したの?」


 悟くんが怪訝そうに言った。


「そうじゃなくて、相談したかったの」

「何を? 君と圭吾が手にしているものが『愛』だと思うけど」


 やっぱりそうよね。


「でもね、圭吾さんを見ていると、わたしの気持ちって伝わっていない気がして」

「伝わっているだろ?」


 そうなの? だとしたら……


 わたしはハァーっとため息をついて、学習テーブルの上に両手を投げ出して突っ伏した。


「わたしの愛情が足りないんだわ」

「ねえ、話が見えないんだけど」

「圭吾さんは、わたしじゃ不満なの」

「はぁ? 圭吾がそう言ったの?」

「圭吾さんはそんな事言わないわよ。優しいもの」


 悟くんは疑わしげな表情を浮かべた。


「君に嫌われるのが怖くて、特大の猫を被ってるだけだよ」

「人が何と言おうと、圭吾さんはいつでも優しいわ」

「恋人に忠実なのはいいことだよ」


 悟くんはそう言って、ニッと笑った。


「圭吾が君に不満があるとしたら、心じゃなくて体じゃないの?」


 えっ! そんな!


「やっぱ、わたしが貧乳だからっ?」


 思わず立ち上がって詰め寄ると、悟くんは声を殺して笑い出した。


「しづ姫、周囲に丸聞こえだけど」


 うわっ! しまった!


 わたしは顔を赤くして座り直した。


「胸の大きさ気にしてたの? 僕が言っているのは、君がまだ身を許さない事が圭吾には不満なんだろってことさ」


 ああ……


「えーと……わたしが圭吾さんと……その……そうすれば喜んでくれると思う?」

「無理しても圭吾は喜ばないよ。『好きならさせろ』ってのは男としては最低だと思う。圭吾はそうじゃないだろ?」


 わたしはコクンとうなずいた。


「無理して大人のフリをするより、今のバレンタイン計画の方がよっぽど気持ちも伝わるし、圭吾も喜ぶよ」

「そうかなぁ……」


「僕を信じろ」 


「俺を信じろ」


 ん?


 悟くんの声に被さるように、別の声が同じ台詞を言った。


 声のした方を見ると、書架の間に男の子がいて、どうやら一緒にいるの女の子に向かって言ったようだ。

 かなり背の高い男の子だ。片手が楽々書架の最上段にかかっている。

 アッシュグレーに染めた髪は左側だけ短く刈り上げて、前髪と反対側は長い。耳にはピアス――三個も。

 確かにうちの学校は校則が緩い。それにしてもその制服、着崩し過ぎじゃない?


「俺が好きなのは加奈だけだって」


 はぁ、そうですか……見るからにチャラいあなたに言われても、信憑性に欠けるよね。

 そう思いながら、加奈ちゃんって子を見ると――げっ! 嘘でしょ!


 そこにいたのはうちのクラスの松本軍曹、もとい松本委員長だ。


「あれは一年の長谷川だな」


 悟くんが小声で言った。


「一年の長谷川くんって、美月と同じクラスの?」

「うん。学年一の秀才で、学校一のチャラ男さ」

「じゃあ、松本ぐん――さんの彼氏って……わっ!」


 わたしは大きな声を出しかけて、慌てて自分で自分の口を塞いだ。

 長谷川くんが長身の身を屈めて、松本さんにキスをしたのだ。


 うつむいたわたしの耳に、『やるね。一年坊や』と、悟くんが言うのが聞こえた。


 何、見物してんのっ!


「見ちゃダメでしょ」


 わたしは悟くんの制服を引っ張って小声で言った。


「公共の場でキスする方が悪いじゃない」

 悟くんは面白がるように言った。

「意外性のある取り合わせだね」


 そうね。そういう事もあるのね。

 わたしと圭吾さんが、お似合いのカップルに思えてきたわ。


「あんたの言うことなんてこれっぽっちも信用できない」


 松本さんの声が聞こえた。


「おい、加奈」


 あれ? 二人ともこっちへ来る?


 顔を上げると、泣き出しそうな顔の松本さんと目が合った。


「あの子とは何でもないんだって」


 後を追ってきた長谷川くんが軽い口調で言う。


「ああ、そう。勿論そうよね」


 松本さんは冷たく答えると、わたしたちの方にツカツカと歩いて来て、悟くんの胸倉を捕まえて強引にキスをした。

 長谷川くんが、今にも殴りかかりそうな形相で悟くんを睨んだ。


「僕は無実だ」


 悟くんが両手を上げる。


「わたしだって、羽竜くんとは何でもないわ」

 松本さんが涙声で言った。

「だから平気よね?」


「平気な訳ないだろっ!」


 シーッ! ここ、図書室よ。


「わたしも平気じゃなかった。だから二度と話しかけないで」


 松本さんはそう言い捨てると、ツンと顔を上げ、しっかりした足取りで図書室を出て行った。


「先輩の助言を聞きたいかい?」


 悟くんの言葉に長谷川くんが振り向いた。


「あれは生半可なことじゃ許してもらえないよ。僕なら、そのステキな髪を丸坊主にして土下座するね。彼女にはそれだけの価値がないって言うなら別だけど」

「いえ、それだけの価値がある人です。失礼しました」


 長谷川くんは、外見とはそぐわない生真面目さで悟くんに一礼すると、図書室を出て行った。


「うー、女の子とキスしたの初めてだよ」


 悟くんが疲れたように言った。


「どうだった?」

「柔らか過ぎて気持ち悪い」

「失礼ね」


 わたしは笑った。


「できれば長谷川の方にキスしてもらいたかったよ」

「贅沢言わないの。あの二人、仲直りできるかしら?」

「長谷川がこれ以上ドジを踏まなきゃ、仲直りできるんじゃない? 何があったかだいたい想像つくけど、松本だってあいつが好きだから傷ついたんだろ」

「そうね」



 本当に、愛って難しい。






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