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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編

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誰かさんの羊3

「僕の部屋の冷蔵庫を漁りにおいで。ちょっとした見物みものだよ」


 わたしがお風呂から上がると、圭吾さんが言った。


「アイスクリームでいっぱい――とか?」

「いい読みだね。でも買ったのは僕じゃない」

「彩名さん?」

「はずれ。いいからおいでよ」


 わたしは思わず、差し出された手に自分の手を預けた。圭吾さんが伏し目がちに微笑み、わたしを引き寄せる。


「髪、まだ濡れてるね。どうしていつもちゃんと乾かさないんだ?」

「長くて面倒なんだもの」


 そして今日は時間かせぎよ。わたしの髪を乾かしているうちはキスできないでしょ? その間にわたしも落ち着くわ――たぶん


「そのうち乾くわ」

「その前に風邪をひくよ。行こう。僕の部屋で乾かしてあげるから」


 圭吾さんはわたしが肩にかけていたタオルで、濡れたままの髪を器用に包んだ。


 優しい手つき。


 いつもと変わらない圭吾さんの優しさに、わたしは心の中で安堵のため息をついた。



圭吾さんの部屋は、離れの三階のフロアー全部。マンションのような作りになっていて、小さなキッチンもある。

 小ぶりの冷蔵庫に、いつも圭吾さんはわたしが好きそうな物を入れておいてくれる。そこに、今日はカップのアイスクリームがいっぱい入っていた。

 どれもこれも、有名な牧場のプレミアム限定品だ。


「どうしたのこれ?」

「分家の叔母から――つまり悟のお母さんから年始の挨拶に貰ったんだ。君にだって」


 圭吾さんの従弟の悟くんとわたしは確かに仲良しだけど――


「これ、すごく高いよね?」

「たぶんね。気後れしたの?」


 わたしはコクンとうなずいた。


「悟の家も裕福だよ。これくらい普通だ」

「でも……」

「少し離れていただけで一からやり直しか」

 圭吾さんはため息混じりに言った。

「志鶴は遠慮のし過ぎだ。他意のないプレゼントにさえ後込みをする。ただ君に喜んでほしいだけなのが分からないのか?」


 圭吾さんが言っているのは、悟くんのお母さんの事だけじゃない。圭吾さんの事も言っているんだ。


「ごめんなさい……」

「謝らなくていい。単純な事じゃないか。一つ選んで食べて、僕に笑顔を見せてほしい。そうして明日、悟の家に電話をして『とっても美味しかった』って言えばいいだけだよ」

「うん……」

「どれにする?」

「イチゴ」


 圭吾さんはイチゴのカップアイスを取り出した。


「おいで。僕が髪を乾かす間、食べていればいい」


 新年早々失敗しちゃった。


 圭吾さんの足元に座って、髪を拭かれながらそう思った。イチゴアイスは甘酸っぱく、ミルクの味が濃厚でとっても美味しかった。


「おいしい」

 つぶやくように言った。

「圭吾さんも食べる?」

「いや。先に君の髪を乾かしてしまいたい」


 取り残されたような気分。

 アイスクリームを見た時、単純に喜べばよかった。髪だって自分でちゃんと乾かせたのに、久しぶりに圭吾さんと過ごすのが気まずくてズルをした。


 父さんには、圭吾君が必死になってお前の機嫌を取っているように見えるよ――

 親父の言葉が不意に思い出された。


 涙がアイスクリームの上に落ちた。


 圭吾さんはいつでもわたしを思ってくれるのに、わたしの方はちゃんと圭吾さんに向き合っていない。

 ドライヤーの音がしていてよかった。鼻がぐずついてカッコ悪いもの。


 わたしは目をしばたいて、必死に涙を払おうと頑張った。アイスクリームを飲み込む度に喉の少し下が痛む。

 やがてドライヤーの音が止んで、圭吾さんはブラシでわたしの髪を梳かした。


「終わった?」


 何か言わなきゃと思ったわたしの言葉は、不自然に明るくなってしまった。

 圭吾さんの手がピタッと止まった。


 あ……まずい。


 左手がいきなり伸びてきて、わたしの頬を確かめた。

 悪態をつく声がして、ブラシが床に落ちる。

 気がついた時には、わたしは両脇を抱え上げられて、両手にアイスクリームのカップとスプーンを持ったままという何とも間が抜けた格好で、圭吾さんの膝の上に座らせられていた。


「泣かせるつもりじゃなかった」


 圭吾さんは悔やむように言うと、いきなりわたしの唇を奪った。


 ちょっと待って! 持ってるアイスクリーム、どうすればいいの?


 どうしようもなくて、手にアイスクリームカップを持ったまま、肘を圭吾さんの肩に乗せた。


「苺の匂いがする」


 キスの合間に圭吾さんがつぶやいた。


 それ、アイスクリームの匂いよ。


「どうして僕の思いは、いつも君に伝わらないんだろう?」


 十分に伝わってるってば!


「――たぶん」

 わたしは、やっとのことで言葉を挟んだ。

「たぶん、アイスクリームのカップをどこかに置かせてくれたら、もっと熱心になれると思うんだけど」


 圭吾さんは、やっとわたしの不自然な体勢に気づいた。


「何、持ってるの?」

「アイスクリームのカップとスプーン」


 それ以外に何があるって言うのよ。


 わたしは圭吾さんから少し体を離して、両手を自分の前に持って来た。


「もうほとんど入ってないけど」

 むっつりとして言うと、圭吾さんが声を立てて笑いだした。


 何よ。


「気がそれてるなと思ったのは、そいつのせい?」

 わたしはうなずいた。

「落としたらベタベタになるもの」

「じゃあ、それ置いて僕にキスして」


 今、散々したじゃない。


 わたしは圭吾さんの膝から滑り下りて、サイドテーブルの上にカップとスプーンを置いた。


 はい、OK――って、違うでしょ!


「圭吾さん」

「ん? 何?」

「『よし、準備できた!』って感じでキスできない」

 圭吾さんは、笑いを堪えているように咳ばらいをした。

「分かった。精一杯ロマンチックなムードを作るから、後でキスして」


 『うん』って答えたけど、やっぱり、わたしって女の子としてダメダメじゃない?


「とりあえず戻っておいで」

 圭吾さんがそう言って自分の横を指差した。

「僕のいないところで、どんな悪さをしていたのか教えてくれ」

「失礼ね。いい子にしてたわよ」


 わたしは圭吾さんの横に座って、肩に頭を乗せた。




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