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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編
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誰かさんの羊2

 羽竜家の玄関を入ると、圭吾さんがいた。

 玄関先で待ち構えていた、って言った方がいいかも。


「ただいま、圭吾さん。明けましておめでとうございます」


 わたしが笑顔で言うと、圭吾さんは『おかえり』とニッコリと笑った。それから親父と新年の挨拶を交わして、家に上がるように勧めた。


「では、少しだけ。後で圭吾君に頼みたいことがあるんだが」

「いいですよ」

 圭吾さんは愛想よく言ってから、わたしの方をチラリと見た。

「随分と……その……遅かったね」


 歯切れが悪いわよ。町の端の龍道を越えたところから、追跡していたわね。


 羽竜一族は龍神様の子孫で、それぞれ不思議な力を持っている。圭吾さんは普段、わたしの前ではそういう力を使わないようにしているけれど、今日はしびれを切らして使ったようだ。


「途中、車の故障で立ち往生している人に出会ってね」

 親父が言った。

「レッカー車が来るまで少し待っていたんだ」

「常盤さんよ」

 訊かれる前にわたしは答えた。

「常盤? あいつ、今頃ここで何をやってるんだ?」


 さあ?


 『あんな奴、放っておけばよかったのに』 圭吾さんの心の声が聞こえる気がした。



 家に入ると、みんなの顔に安心したような表情がありありと浮かんでいた。


「圭吾さん、酷かった?」

 圭吾さんが親父と一緒に別室に消えてから、わたしは彩名さんにきいた。

「それがね、そうでもなかったのよ。みんなが覚悟していたよりもずっと機嫌がよかったの。ピリピリしてたのはこの一時間くらいよ」


 あー すぐに着くはずのわたしがモタモタしてたからね。


「でも志鶴ちゃんが帰って来てくれたから、これであの子も落ち着くでしょう」


 ええ、そう。圭吾さんは、わたしを決して怒らない。

 だからみんな、わたしなら簡単だと思っているみたいだけど、圭吾さんのご機嫌取りってそれなりに大変なのよ。わざとわがまま言って、甘えてみせて、最後にキスを奪われるんだから。

 圭吾さんとキスをするのは好きよ。ちょっぴり恥ずかしいけど。

 抱きしめられるのも好き。わたしのことが好きなんだって、感じられるから。


 ただ――


 ただね、


 時々、圭吾さんのキスは奪い取るように深く激しくなる。わたしの頭の中を真っ白にさせて、泣き出す寸前まで追い詰める。

 分かってる。

 圭吾さんは、わたしに合わせるために自分を押さえている。

 他の人から聞く圭吾さんは、気性の激しい怒りっぽい人。だけど、わたしに接する時の圭吾さんはいつも優しい。

 圭吾さんの優しさに応えたい。わたしだって、ちゃんと愛してるんだって伝えたい。泣かずに圭吾さんのキスを受け止めたい。


 でもね、


 圭吾さんの中の眠れる龍が目覚めた時、本当にわたしの手に負えるんだろうか。頭からそのまま飲み込まれてしまいそうな気がするの。




 ややしばらくして、圭吾さんと親父が戻ってきた。


 圭吾さんは、彩名さんとお茶を飲んでいたわたしの横に立った。いつもなら手を伸ばして抱きつくところだけど、さすがに親父の目が気になる。

 圭吾さんはわたしの顔を見て、『今日は随分と冷たいね』と言った。


 親の目の前で、いつもみたいなことできないわよっ!


 圭吾さんは手を伸ばして、わたしの髪を一房手に取った。

「志鶴はちょっと離れたら、こんなに冷めちゃうんだな」


 真顔で当てこすり言うのはやめてよ~


 髪の先まで神経が通っているみたい。長い髪だっていうのに、圭吾さんの手に弄ばれている感触が伝わってくる。


 ああ、ドキドキする。


「後でね」

 仕方なく、わたしは小声で言った。

「『後で』か……楽しみにしてるよ」

 圭吾さんは微笑みながらささやくように言うと、わたしの髪から手を離した。


 まずい。

 一週間離れていた間に免疫なくなったかも。圭吾さんにちゃんとキスできるかなぁ。


 親父が帰った後も、わたしは何となく気恥ずかしくて、圭吾さんと距離を置いていた。

 圭吾さんは何も言わないけれど、ずっとわたしを目で追っているのが分かる。観察されてるみたい。


 どうしよう――って、もう! 何ビビってるのよ。相手は圭吾さんなのよ。


 落ち着いて、落ち着いて……


「ねぇ」


 隣で夕食を食べていた圭吾さんがボソッと口を開いた。


 なぁに?


「『後で』っていつ?」


 うわぁん! 本当にまずい気がする。


「圭吾さん、お仕事ないの?」

「君が帰って来るのに? 今日は予定を空けておいたよ」

「お、お、お、お風呂入った後でいい?」


 自分で言ってから舌を噛み切りたくなった。

 お風呂に入っちゃったら、もしもの時に逃げる口実がないじゃないっ! っていうか、『もしもの時』って何考えてるの、わたし!


「お風呂ねぇ……長湯し過ぎて伸びるんじゃないよ」


 狼狽しきってるわたしを楽しそうに眺めて、圭吾さんが言った。




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