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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編

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誰かさんの羊1

 圭吾さんに会える 会える 会える


 羽竜家に戻る日、わたしの頭の中では『メリーさんの羊』のメロディーがぐるぐる回っていた。


 早く会いたい。会ったらギュッてしてもらって、頭を撫でてもらうの。ちょっと子供っぽいかな……まあ、この際何でもいいや。


 はやる気持ちを抑えながら、わたしは車の外の景色が変わるのを見ていた。

 もうすぐ羽竜家の町に入る、という辺りで、道路で立ち往生している車と出くわした。寒そうに車の傍らに立っていたのは――


常盤(ときわ)さん?」


 常盤道隆(ときわみちたか)さんは圭吾さんの知人で、代議士であるお父さんの秘書をしている。


「知り合いか?」

「うん。圭吾さんの」


 まあ知人といっても、圭吾さんとそれほど仲がいい訳じゃないけど。


 親父が車を止めて窓を開けた。


「お困りですか?」

「ええ、ガス欠でもないのに急に動かなくなりまして。レッカー車はもう呼んだのですが」

「寒いでしょう。乗ってお待ちになりませんか?」


 常盤さんは少しためらっているようだった。


「娘がお知り合いだと申していますが」

「娘さん?」

 常盤さんは体を屈めて、助手席を覗き込んだ。

「君は、羽竜家の」

「ごきげんよう、常磐さん。風邪をひく前にどうぞ」


 『ごきげんよう』の挨拶に親父がむせたのは、全力スルーの方向で。


「犬を嫌いではないといいのですが」


 犬?


「平気ですよ。連れていらっしゃい」

 親父が言うと、常盤さんはホッとしたように自分の車に戻った。

 大きな犬を想像していたわたしは、常盤さんがそっと持ってきた小型犬用のキャリーバッグを見て目を丸くした。常盤さんが、後部座席にキャリーバッグと一緒に乗り込む。


「助かりました。わたしはいいのですが、犬が寒そうで」

「常盤さん、どんな犬を飼ってらっしゃるの?」

 わたしは後部座席を振り返って訊いた。

 常盤さんがバッグのファスナーを少し開けると、おもちゃみたいな黒いチワワと、羊みたいな白いトイプードルが顔を出した。

 いつも気取った感じの常盤さんがこんなかわいいペットを飼っているなんて――わたしはニヤニヤ笑いたくなるのを堪えた。


「かわいいですね」

「いつもは妹が世話をしているのですが、友人と海外旅行に行ってしまいましてね」


 お兄様は犬の世話を押し付けられたんだ。


「レッカー車が来たら、町中までお送りしますよ」

 親父が言った。

「何から何まで申し訳ありません。では、お言葉に甘えて」

 常盤さんは胸ポケットから名刺入れを取り出して、親父に名刺を渡した。

「わたしは常盤と申します」

「ほう。常盤道三(ときわみちぞう)先生の秘書――ご子息ですか?」

「ええ。息子と言っても妾腹になりますが」


 『しょうふく』って何?


「母は正式な奥さんではなかったんだ」

 わたしが分からないと悟って、常盤さんがそう言った。


 つまり、愛人の子?


「いや、ご立派なものですよ」

 親父が言う。

「確か腹違いのご長男は、全く畑違いな遊び人でしたよね。あなたが実質的な後継者だ」

「詳しいですね」

「ああ申し遅れました。わたしはこういう者です」

 親父が差し出した名刺を見た途端、常盤さんは『えっ』と声を上げた。

「明和日報の三田さんって、あの……」

「ええ。五年ほど前に、お父上に関する暴露記事を書いて危うく首が飛びそうになった、その三田志郎です」

「お嬢さんは、僕にとっては鬼門らしい」

 常盤さんは苦笑した。

「羽竜家と縁故を結ぼうと持って行った縁談を阻まれた上に、お父上が腕利きのジャーナリストとは!」

「今は海外勤務なので安心していいですよ」

「海外? どちらに?」

 親父が赴任先を告げると、常盤さんは納得したようにうなずいた。

「お嬢さんが羽竜家にいるのは、それで。そこでは連れて行く訳にはいきませんよね」


 そんな危ないところなの?


「報道に携わる者としては、やり甲斐のある場所ですよ。あなたはどうです? 将来は政治家でしょう? 常盤先生の敷いたレールを走るだけで終わるつもりではないですよね」


 それは質問ではなく、断定だった。

 常盤さんは困ったように曖昧な笑みを浮かべたけど、すぐに親父と政治談議を始めた。

 熱っぽく語る常盤さんは、いつもの気取った顔ではなく、若く理想の高い人だった。巧みに話しを引き出す親父もまた、仕事をしている時の顔だと思った。


「いやぁ、メモを取りたいくらいですよ」

 親父が残念そうに言った。

「もちろん、これはオフレコですよね」

「ええ。父に知れたら大変だ」

「いつの日にか、あなたが大臣の椅子に座るまでこの記事は取って置きますよ」


 レッカー車が来て車を運んでもらい、常盤さんを送った後、親父はフウッとため息をついた。


「あの常盤代議士にはもったいないくらいの息子だな。頭も切れるし、ルックスもいい」


 お父さんの方は見た事ないから分からない。ポスターでは、にこやかな普通のおじさんだけど。


「常盤さんがあんなに喋るの初めて聞いた」

「自分を作っているんだろうな。親父さんを油断させて取り入るために。なかなかの野心家だ」

「苦労人みたいだったね」

「苦労したんだろう。経済的には恵まれて育ったろうが、正妻の子供を押し退けて今の地位まで来るのは並大抵の努力じゃなかったはずだ」


 あー わたし、この間結果的に常盤さんの仕事の邪魔しちゃったんだよね。


 胸がちょっと痛んだ。


 ゴメンね。常盤さんが選挙に出る時は、応援するから。


「あのまま変わらないでいてほしいな」

 親父が言う。

「どういう訳か政治の世界に入ると、人は変わってしまう。誰もが最初は高い理想や思想を持っているのに」


 ふと、わたしに『そのままでいい』と言う圭吾さんを思った。


「純粋なままで大人にはなれないってこと?」

「そうかもな。それでもなお、純粋な思いを持ち続けようとする事はできるんじゃないか?」




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