真昼の園に潜むもの 3
新しい学校にも慣れ、友達もできた。
ただ、右見ても左見ても羽竜の縁戚、姻戚だらけだ。
放課後、何人かで一緒にアイスクリームを食べに行った時、そんな話になった。
「町が小さいからなぁ」
そう言ったのは、滝田美幸。
ド派手なルックスで転校初日に、わたしの度胆を抜いた子だ。
「うちは、おばあちゃんが羽竜家の人なの。分家だけど。亜由美んちはもっと遠縁だったよね」
「親戚の集まりに出なくていいくらい遠いわ。ラッキーにも」
モデルみたいにスタイルのいい大野亜由美がクールに答える。
ははは ラッキーなんだ
「いいなぁ。おばあちゃんの法事の時、大変だったよ。校長はいるわ、本家の大奥様はいるわ。ママは気絶しそうなくらい気張ってるわ――志鶴は大変だね」
「ん~確かにちょっと堅苦しいとこはあるけど……休みの日、お昼まで寝てられないしね」
そりゃそーだとみんながドッと笑う。
でも、こんなふうにしていられるのは嬉しい。親父と二人っきりの時は家事に時間とられて遊べなかったもの。
「闘龍の練習はうまくいってる?」
「上達したとは思うんだけど、竜田川さんには勝てないんだろうな」
「いいじゃん。昨日今日始めて勝っちゃたら、ずっとやってきた子がかわいそうでしょ」
「うん、そうも思うんだけど、あの子ってどうしてか知らないけどすぐ突っ掛かってくるでしょ? つい頭にくるんだよね」
みんなが顔を見合わせた。
えっ 何? 何かあるの?
「志鶴、ホントに知らなかったんだ」
美幸が言った。
「……あの子、圭吾さんの元カノの妹だよ」
「そうなの?」
まあ圭吾さんのルックスなら元カノの四人や五人いそうだけど。
「高校の時からずっと付き合ってたから、結婚するんだろうってみんな思ってたんだけどね。あっさり別れちゃったし。あの子圭吾さんの妹気取りだったからなぁ」
「今ではわたしが妹気取りでムカつくって事か。ヤキモチだったんだ」
また、みんなが顔を見合わせた。
えっ 何? 今度は何?
「志鶴、あんた自分の状況分かってないのね」
亜由美が気の毒そうに言う。
「うちらの親たち、あんたのこと羽竜家の嫁として連れて来られたと思ってるわよ」
はぁ? 何それ?
「ない! ホントないから! 圭吾さんはお兄さんみたいなもんだってば」
慌てて否定しているところに携帯着信。
「ああ、その圭吾さんだ」
みんな笑いながら『出なよ』と言う。
もう!
「志鶴です」
――志鶴? 今どこ?
「学校の近くのアイスクリーム屋さん。何かありました?」
――いや、いいんだ。ラインの上に見当たらないから、ちょっと焦った
「ラインって?」
「ここ、できたばかりだから『線』から外れてるのよ」
横から美幸が言う。
――今の誰?
「滝田美幸。友達です」
――ああ分かった。ちょっと代わってくれる?
「美幸と話したいって」
「えっマジ? うわぁ 緊張する」
思いっきりよそいきの声で電話に出た美幸は、何かの線について話してる。
『西の青の線』とか『南の赤』っていったい何?
「ええ、そうです。分かりました。どういたしまして――志鶴、はい」
戻された電話に出ると、迎えに行くからここで待ってるように言われた。
「ねえ、『線』って何?」
わたしが訊くと、みんながまちまちな答えを言った。
地図の緯度経度みたいなもの
道路地図のようなもの
ネットワークみたいなもの
センサーみたいなもの
「美幸は見えるのよね」と亜由美が言う。「わたしは全然だけど」
「見えてもそれほどメリットないよ。強い人だと移動できるって聞いてる。おばあちゃんはそうだったみたい」
「ねえ、わたしには何がなんだか」
みんなはまた顔を見合わせた。
もう! 残念な人みたいに見ないでよっ!
少ししてアイスクリームショップに現れた圭吾さんはチャコールグレーのスーツ姿。
お仕事で出かけた先から来たみたい。
「やあ、お嬢さま達、こんなところでパーティーだったんだね」
圭吾さんがそう言ってわたし達のところへ来た。
「まだ入るようなら、もう一個おごらせてもらうけど?」
「入ります! 全然だいじょうぶ!」
あんた達――今トリプルアイス、やっつけたばかりでしょうが! まだダブルいけるの?
「志鶴は?」
「え……じゃあクレープで」
ダメじゃん わたし。
わたしたちが再びアイスにかぶりついている間に、圭吾さんはお店の人と何やら話し、店の奥へと入って行った。
「線引いちゃうんだ、うん……きっと」
と、チョコミントアイスをなめながら美幸が言う。
「それって、圭吾さんが引くものなの?」
いまだに何の事か分からないけど、一応聞いてみる。
「圭吾さんっていうより『羽竜の当主』がやるお仕事だよ。龍神様の直系の子孫だから」
龍神様の子孫?
「えーと、正式には線のこと何て言うんだっけ?」
「うちの親は、龍線とか龍道って呼んでるけど」
と、亜由美。こっちはストロベリーを食べ終えたところ。
「ああそれだ。龍神様の通り道だって言い伝えなのよ」
「みんなはそれ信じてるわけ?」
「だってね」
みんなは笑いながら子供の頃の話をした。
悪いことをしてもすぐバレてしまった事。
山の中で迷子になって見つけられた事。
一人で遊んでいて池で溺れかけた子が助け出された事。
『線』に囲まれた場所でなら龍神様の目に留まるのだという。
「よその土地から来た人にとっては迷信に見えるんだろうけど、ホントにホントなの」
美幸は真剣な眼差しで言った。
「だから、バカバカしくてもこの土地のルールを守って。そうしたら志鶴も安全だから」