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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第5話 愛を伝えるバレンタイン編

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もういくつ寝ると1

「気をつけて行っておいで。夏実ちゃん達によろしく」


 圭吾さんが穏やかに言う。

 夜明け頃にわたしを起こして、親元に帰すのが嫌だと、散々ごねた人と同一人物とは思えない。


 六歳年上の圭吾さんは、母方の従兄だ。

 親父の海外勤務でこの家に預けられたわたしは、圭吾さんと出会い、ただ今婚約中。

 でも、年末に親父が一次帰国して、わたしは実家でお正月を過ごす事になったのだ。


「いってきます。電話するね」

 圭吾さんに抱きついてわたしがそう言うと、

「本当は行かせたくないけど」

 低い声が耳元で囁いた。


 困った人。


 圭吾さんは優しい恋人だけど、時々ズルをする。

 今朝だって一週間分のキスをくれと、わたしが半分寝ぼけているのをいいことに、好きなだけわたしに触れて心の中まで読み取った。

 今思い出しても顔から火が出そう。


「年越しと元日は忙しいのよね?」

 わたしがそう訊くと、圭吾さんは顔をしかめた。

「神社の方で仕事があるから。帰って来ても年始挨拶の客が切れ間なく来るしね」


 ここ羽竜家は、この辺り一番の旧家で、圭吾さんは本家の当主だ。

 本当ならわたしもお手伝いしなきゃいけないはずなんだけど……

 圭吾さんも、貴子伯母様も、そんな事は結婚してからでいいと言う。


「志鶴、行くぞ」

 親父が言った。


 この家に来た時と同じだ。

 鞄ひとつ持ってこの家に来たのは、四月の初めだった。今では鞄に入り切らない荷物と、圭吾さんへの思いがここにある。

 久しぶりに親に会えた喜びが半分、圭吾さんと離れる寂しさが半分――心の中はちょっと複雑。


 伯母様と従姉の彩名さんと、家の事を取り仕切っている和子さんにも『いってきます』と言って振り返ると、少し俯き加減の圭吾さんが寂しそうで、本当に寂しそうで、わたしはもう一度圭吾さんに駆け寄った。


「すぐよ。本当にすぐ帰って来る」

「分かってるよ。もう行きなさい」


 圭吾さんが親父の方へわたしの背中を押した。


 初めはビビった武家屋敷のような門から外に出て、親父が運転してきたレンタカーの横に立つと、圭吾さんがドアを開けてくれた。

「シートベルトしめて。気をつけるんだよ」


 気をつけなきゃならないのはわたしじゃなくて、運転する親父の方でしょ。


 そう思いながらも頷いて笑顔を返すと、圭吾さんが微笑んだ。


 ああ、心配。


 わたしがいない間、圭吾さんはちゃんと眠れるかな? 不機嫌になって誰かとケンカしたりしない? お仕事でまた怪我をしたらどうしよう。


 わたしの不安ををよそに、車は走り出した。

 圭吾さんは、車が見えなくなるまでずっと見送っていた。


 羽竜家に来てから圭吾さんと離れたのは、修学旅行の時だけ。それだって圭吾さんの従弟の悟くんや、他の親戚の子達と一緒だった。

 この町で、わたしはいつだって羽竜の一員だった。

 元の家に戻れば、わたしはまた一人ぼっち?


 バカね。親父がいるじゃない。幼なじみの、お隣りのなっちゃんも。

 それに、すぐに圭吾さんのところに戻れるわ。


 車が竜城たつき神社の横にさしかかった。

 実家に戻ったまま竜宮には帰らなかった、龍神の花嫁――そんな伝説のある神社だ。

 わたしを送り出す事は、龍神様の子孫である圭吾さんにとっては、とても大変な事だったのかもしれない。

 わたしが思っているより、ずっと。


「家に帰りたくないか?」

 窓の外を見るわたしに親父が言った。

「帰りたくないわけじゃない。ちょっと寂しいだけ。親父に会えて嬉しいよ」

 少し間があって、親父がまた口を開いた。

「お前が嬉しいとか、寂しいとか言うのを初めて聞いた気がするよ」


 そう?


「お前はあまり感情を口にしない子だから」


 そうだったのかもしれない。


「それに、さっきは『お父さん』なんて呼ばれて驚いた」

「ああ、それ? それは和子さんがいたから。親父が躾をしてくれって頼んだんでしょ? 和子さんたら、すごく礼儀作法にうるさいんだから」

「普通の女の子のようになって欲しかっただけなんだがな。すっかりお嬢様みたいになったな」


 本当に? だったら嬉しいな。


「よかった。だって、わたし、彩名さんみたいになりたいんだもん」

 わたしはニッコリと笑った。

「彩名さんってママに似てるでしょ? それにとっても優しいのよ。いつも一緒にお買い物に行ったりするの――どうしたの?」

「いや」

 親父はちょっと咳ばらいをした。

「お前が自分からママの事を口にするのも初めてだと思って」

「ああ、ごめんなさい。ママの話をするのはつらい?」

「そんな事はないよ。お前がつらいのかと思ってママの話は避けていたんだ」


 実は、ママの事はそれほど覚えていない。今までは、それを認める事が嫌だった。


「圭吾君とはどうだ?」


 どうだって言われても……


「圭吾さんのこと、大好きだよ。親父の方こそ、さっき圭吾さんと二人っきりで何を話してたの?」

「お前のことだ。相変わらず『もっと早く結婚させてくれ』の一点張りだった」

 親父は笑った。

「お前のどこがいいのかさっぱり分からん」


 失礼しちゃう。


 でも、そうなのよね。圭吾さんは、わたしといると心が和むっていうだけだもんね。

 あっ、そうでもないかな? いつも『かわいい』って言ってくれる。それに……何度も本物の恋人同士になろうって誘われてるし。

 後は、わたしが『うん』って言うだけ。


 十分じゃない?



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