鏡よ、鏡
志鶴が、クローゼットルームの大きな鏡の前で顔をしかめている。
何してるんだ?
鏡の前で横を向いたり、前を向いたり。洋服の丈を気にしているわけではなさそうだ。
僕は、生真面目な表情を浮かべる彼女にしばし見とれた。
近頃の志鶴はどんどん綺麗になる。うちに来た最初の頃は、ただ可愛いだけの女の子だったのに。
これは志鶴に恋をしている僕の欲目だろうか、それとも志鶴が大人になりかけているせいだろうか。
まあ、年齢よりも子供っぽいのは相変わらずだが。
「志鶴?」
僕が声をかけると、志鶴は振り向いてニッコリと笑った。
「圭吾さん、お帰りなさい!」
「ただいま。何してたの?」
「うーん……あのね」
そう言った後に、困ったような顔をする。
「私の胸、小さいと思う?」
僕は意外な問いに驚いた。
「いいや。何でまた?」
「クラスの友達がね、告白してフラれたの。で、その理由が『貧乳だから』なんだって」
僕は片手で口元を押さえ、咳込んだ。コーヒーを飲んでいる時じゃなくてよかった。
「中学の時にも同じ理由でフラれたって言うの」
そりゃウケ狙いの自虐ネタじゃないのか?
「で、その話と志鶴にどんな関係があるの?」
図らずも少し声が震えたが、志鶴は気がつかないようだ。
「その子と体型が似てるの」
志鶴が顔を曇らせて言う。
「私って貧乳なのかなぁ……」
ダメだ。吹きそうだ。
「圭吾さんも大きい胸の方がいい?」
勘弁してくれ――耐え切れずに僕は笑い出した。
「何かおかしい? 私、真剣なのに」
分かってるよ。真剣だからおかしいんじゃないか。
不満げに口をとがらしている志鶴が可愛い。
だいたい胸なんか触らせてもくれないのに、僕の好みを気にするのか?
ああ――気にしているらしい。女の子の気持ちは難しい。
僕はなんとか笑いを抑えて志鶴の両肩に手をやり、そのままクルッと鏡の方を向かせた。
大きな鏡に志鶴と僕が映っている。
「鏡よ、鏡。僕の一番好きな女の子は誰?」
僕はおどけて言い、鏡の中で志鶴が微笑む。
「それは私よ」
「その通り」
愛しい 僕の志鶴。
僕は後ろから志鶴を抱きしめた。
それから志鶴の首筋にキスをし、両手を滑らせて胸をそっと包み込んだ。
「け、け、圭吾さん?」
「何?」
「手……」
「だって触らないと大きさなんて分からないよ」
「そりゃあそうだけど」
ホントに騙されやすいんだから。
「どう?」
「気にいったよ」
「よかった」
僕は鏡の中の志鶴を見た。
上気して頬が桜色になってる。体も桜色に染まってるだろうか?
胸の大きさより、そっちの方がはるかに気になる。
でも
鏡に映る僕を信頼しきった志鶴の目を見たら、それ以上の事はできなくて。
鏡よ、鏡。
世界で一番忍耐強い男がいるとしたなら、
それは僕。
志鶴をまるごと僕のものにしたいけど、まだまだ待たされそうだ。




