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龍とわたしと裏庭で  作者: 中原 誓
第4話 聖夜を夢見るクリスマス編

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待ち人別れを2

「三田先輩、やっぱり来てくれたんですね」


 竜田川家に着き、優月さんに案内されて龍の飼育に使っている温室に行くと、美月がニッコリとしてわたしを迎えた。

 目は泣き腫らして赤いけれど、拍子抜けするほど清々しい表情をしている。

 温室には、美月の両親と優月さん、それから司先生を筆頭に羽竜分家の五人兄弟が揃っていた。美月の足元では、赤龍が落ち着きなくウロウロとしている。

 美月はこんなにたくさんの人に囲まれているのに、わたしを呼ぶ必要があったんだろうか。


「無理言ってすみません。悟さんはダメだって言ったんですけどね、先輩にもルドルフにお別れを言ってほしくて」

「ルドルフ?」

「あの子に名前をつけたんです。サンタクロースのトナカイの名前なんですよ」


 知ってる。サンタのソリを引くトナカイ達の、先頭にいる赤鼻のトナカイだ。


「あの子にさよならを言ってあげて下さい」


 えっ……見なきゃダメってことよね?


 わたしは思わず圭吾さんを見上げた。


「無理する事ないよ!」

 悟くんが怒ったように言う。

「いいえ、ダメです!」

 美月が強い口調で反対した。

「先輩、ちゃんとお別れした方がいいんです。ホントです」

「しづ姫は美月ちゃんのために来た。それでいいじゃないか。何もつらい思いをさせなくてもいいだろ?」

 悟くんは、美月に、と言うより圭吾さんに向かって言っている。

 悟くんは珍しくむきになっていた。

 それはたぶん、わたしが子供の頃、目の前で白龍を亡くした事を知っているから。

「美月が言うなら本当だよ」

 大輔くんが口を挟んだ。

「美月は何回も龍を亡くしてる。俺達は毎年龍の卵を探しに行くけど、何でも持って来る訳じゃない。自然孵化出来なさそうなのを拾って来るんだ。だから途中で死んでしまうのもいる。美月は泣くよ。毎回毎回。それでも俺達はまた卵を探しに行く」


 わたしは美月を見た。


「どうして耐えられるの?」

「悲しい事以上に楽しい事もたくさんあるから。お別れ言って下さい。泣いた方がいいんです。その後にいい思い出だけが残ります」


 そうなの?


 わたしは圭吾さんの手に自分の手を滑り込ませた。圭吾さんがわたしの手をしっかりと握る。

 前に龍の雛を見たケージには、白いバスタオルが敷かれていて、赤龍ともトナカイともつかない生き物が横たわっている。


 まるで眠っているみたい。


 翼は折りたたまれていたけれど、前に見た時よりも二回りくらい大きくなった気がする。


「大きくなった?」

「なりましたよ。先輩に言われて餌を切り替えたら、すごくミルクを飲むようになって。昨日は羽をバタバタと広げてちょっとだけ浮いたんですよ」

「それなら、どうして死んじゃったの?」

「専門家が見ても原因は分からないと思うよ」

 圭吾さんが静かに言った。

「人は神様にはなれないと言われている気がするね」

「まったく、この子を造った人は何を考えていたんでしょうね」

 美月の声は涙声だ。


 その人は、サンタクロースのソリを夢見た、ただの愚かな夢想家だったのかもしれない。

 夢は夢だから楽しいのに。


「この子は? この子をどうするの?」

 わたしの声が震えた。嗚咽でとぎれとぎれの声は自分の声じゃないようだ。

 圭吾さんがわたしを後ろから抱きしめた。

竜城たつき神社には龍の慰霊碑がある。そこに埋葬できるよ」

「ハクは? ママの龍もそこにいる?」

「今度、お父さんに訊いてごらん。きっとどこかで眠っているんじゃないかな」


 わたしは片手を伸ばして、小さくて奇妙な龍に触れた。わたしを見上げて小さく鳴いた命は、ピクリとも動かない。


「さようなら、ルドルフ」

 わたしは、つぶやくように言った。

「ゆっくりお休み」


 わたしを抱いた圭吾さんの腕に力がこもった。

 圭吾さんが、自分でも『やり過ぎた』って言うくらい研究所を壊したのは、こうやって死んでいった命を見てしまったから?

 わたしは振り向いて、圭吾さんの胸に顔を埋めた。涙が次から次へと溢れてくる。


「もういいだろ?」

 わたしの後ろで悟くんが言っている。

「こんなに泣かせて――圭吾の気が知れないよ。後は僕らで神社に納めるから、もう連れて帰れば?」

「悪いけど、そうさせてもらった方がいいみたいだな」

 圭吾さんがわたしの髪を撫でながら言った。

「だからダメだって言ったのに……しづ姫は他の女の子と違って、デリケートなんだから」


 悟くんはそう思っているの? もしかして、圭吾さんも?


 わたしは今までずっと、自分が強い人間だと思っていた。

 でも違う。

 わたしの強さは、ただ単に心を閉ざして、大切なものを持たない事で作り上げた偽りの強さだ。


 本当の強さは、泣かない事じゃない。

 一人で何でもできる事じゃない。

 美月が持っているような強さだ。

 傷つく事を恐れずに、前を向いて生きて行く強さだ。


 それは一人だけで作られるものじゃなくて、ここにいる人達に支えられてできている。


「わたしもデリケートですよ」

 美月が不満げに言った。

「もちろんだよ」

 悟くんが如才なく言う。



 ううん、美月。


 あんたはバズーカで吹き飛ばしても壊れない、鉄壁のバリケードよ。



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