待ち人別れを2
「三田先輩、やっぱり来てくれたんですね」
竜田川家に着き、優月さんに案内されて龍の飼育に使っている温室に行くと、美月がニッコリとしてわたしを迎えた。
目は泣き腫らして赤いけれど、拍子抜けするほど清々しい表情をしている。
温室には、美月の両親と優月さん、それから司先生を筆頭に羽竜分家の五人兄弟が揃っていた。美月の足元では、赤龍が落ち着きなくウロウロとしている。
美月はこんなにたくさんの人に囲まれているのに、わたしを呼ぶ必要があったんだろうか。
「無理言ってすみません。悟さんはダメだって言ったんですけどね、先輩にもルドルフにお別れを言ってほしくて」
「ルドルフ?」
「あの子に名前をつけたんです。サンタクロースのトナカイの名前なんですよ」
知ってる。サンタのソリを引くトナカイ達の、先頭にいる赤鼻のトナカイだ。
「あの子にさよならを言ってあげて下さい」
えっ……見なきゃダメってことよね?
わたしは思わず圭吾さんを見上げた。
「無理する事ないよ!」
悟くんが怒ったように言う。
「いいえ、ダメです!」
美月が強い口調で反対した。
「先輩、ちゃんとお別れした方がいいんです。ホントです」
「しづ姫は美月ちゃんのために来た。それでいいじゃないか。何もつらい思いをさせなくてもいいだろ?」
悟くんは、美月に、と言うより圭吾さんに向かって言っている。
悟くんは珍しくむきになっていた。
それはたぶん、わたしが子供の頃、目の前で白龍を亡くした事を知っているから。
「美月が言うなら本当だよ」
大輔くんが口を挟んだ。
「美月は何回も龍を亡くしてる。俺達は毎年龍の卵を探しに行くけど、何でも持って来る訳じゃない。自然孵化出来なさそうなのを拾って来るんだ。だから途中で死んでしまうのもいる。美月は泣くよ。毎回毎回。それでも俺達はまた卵を探しに行く」
わたしは美月を見た。
「どうして耐えられるの?」
「悲しい事以上に楽しい事もたくさんあるから。お別れ言って下さい。泣いた方がいいんです。その後にいい思い出だけが残ります」
そうなの?
わたしは圭吾さんの手に自分の手を滑り込ませた。圭吾さんがわたしの手をしっかりと握る。
前に龍の雛を見たケージには、白いバスタオルが敷かれていて、赤龍ともトナカイともつかない生き物が横たわっている。
まるで眠っているみたい。
翼は折りたたまれていたけれど、前に見た時よりも二回りくらい大きくなった気がする。
「大きくなった?」
「なりましたよ。先輩に言われて餌を切り替えたら、すごくミルクを飲むようになって。昨日は羽をバタバタと広げてちょっとだけ浮いたんですよ」
「それなら、どうして死んじゃったの?」
「専門家が見ても原因は分からないと思うよ」
圭吾さんが静かに言った。
「人は神様にはなれないと言われている気がするね」
「まったく、この子を造った人は何を考えていたんでしょうね」
美月の声は涙声だ。
その人は、サンタクロースのソリを夢見た、ただの愚かな夢想家だったのかもしれない。
夢は夢だから楽しいのに。
「この子は? この子をどうするの?」
わたしの声が震えた。嗚咽でとぎれとぎれの声は自分の声じゃないようだ。
圭吾さんがわたしを後ろから抱きしめた。
「竜城神社には龍の慰霊碑がある。そこに埋葬できるよ」
「ハクは? ママの龍もそこにいる?」
「今度、お父さんに訊いてごらん。きっとどこかで眠っているんじゃないかな」
わたしは片手を伸ばして、小さくて奇妙な龍に触れた。わたしを見上げて小さく鳴いた命は、ピクリとも動かない。
「さようなら、ルドルフ」
わたしは、つぶやくように言った。
「ゆっくりお休み」
わたしを抱いた圭吾さんの腕に力がこもった。
圭吾さんが、自分でも『やり過ぎた』って言うくらい研究所を壊したのは、こうやって死んでいった命を見てしまったから?
わたしは振り向いて、圭吾さんの胸に顔を埋めた。涙が次から次へと溢れてくる。
「もういいだろ?」
わたしの後ろで悟くんが言っている。
「こんなに泣かせて――圭吾の気が知れないよ。後は僕らで神社に納めるから、もう連れて帰れば?」
「悪いけど、そうさせてもらった方がいいみたいだな」
圭吾さんがわたしの髪を撫でながら言った。
「だからダメだって言ったのに……しづ姫は他の女の子と違って、デリケートなんだから」
悟くんはそう思っているの? もしかして、圭吾さんも?
わたしは今までずっと、自分が強い人間だと思っていた。
でも違う。
わたしの強さは、ただ単に心を閉ざして、大切なものを持たない事で作り上げた偽りの強さだ。
本当の強さは、泣かない事じゃない。
一人で何でもできる事じゃない。
美月が持っているような強さだ。
傷つく事を恐れずに、前を向いて生きて行く強さだ。
それは一人だけで作られるものじゃなくて、ここにいる人達に支えられてできている。
「わたしもデリケートですよ」
美月が不満げに言った。
「もちろんだよ」
悟くんが如才なく言う。
ううん、美月。
あんたはバズーカで吹き飛ばしても壊れない、鉄壁のバリケードよ。




