待ち人別れを1
十二月に入って、圭吾さんはクリスマスツリーを飾ってくれた。
圭吾さんのオーナメントは、金色の丸いプレートで、透かし彫りになっている。
わたしは、プレートを光にかざしてよく見た。
「これって、裏庭の龍?」
「そう。羽竜に飾るツリーだもの、外せないだろう?」
「じゃあ特注品?」
「そういうこと。最初だからね。これは僕らの過去であり、未来だ――それにしても、飾りが少なくないか?」
圭吾さんはツリーの周りをぐるっと回った。
「いいのよ。これくらいでいいの」
わたしには未来が見えるから。
「僕らはまだ出会ったばかりだ、っていうのを思い知らされるね」
圭吾さんがぼやいて、ハァーってため息をついた。
「圭吾さん、どうかした?」
「昨日、叔父さんから電話が来ていたよね?」
ああ、親父?
「うん。年末に一時帰国するって」
親父は二十三日に帰国して、二十八日にわたしを迎えに来ると言っていた。
「わたしが家に帰るのを気にしているの? 四日にはここへ帰って来るのよ。ほんの少しじゃない」
圭吾さんは横目でチラッとわたしを見た。
「電話には僕が先に出ただろう?」
そうね。
わたしはコクンとうなずいた。
「志鶴に電話を渡す前に釘を刺された」
釘って?
「この家で正月を迎えないかと誘ったんだ。そうしたら、うちで志鶴を預かっている事には感謝しているし、結婚にも反対じゃない。でも、志鶴はまだ若いから、僕から離れて将来を考える時間も必要だって」
そうか。家に帰るって事は、圭吾さんと離れる事なんだ。久しぶりに親父に会えるのが嬉しくて、そこまで考えていなかった。
「僕の事、忘れていたんだろう?」
圭吾さんが言う。
拗ねているでもなく、怒っているでもなく、ただ事実を確認しているだけの淡々とした口調。
うーん……こういう時、何て言えばいいの?
「ちゃんと圭吾さんの所に帰って来る」
すごく、すごく、真剣に言ったのに、圭吾さんはフッと微笑んだ。
「待っているよ」
まるで小さな子供に言っているみたい。わたしは何か答を間違った? 家には帰らないって言えばよかったの?
「悩まなくていいよ」
圭吾さんはわたしの髪を撫でて言った。
「君は相手の気持ちを考え過ぎる。僕の気に入る答を探さなくてもいいんだ」
どうして?
「好きな人には笑顔でいて欲しいの」
「僕もだよ」
「じゃあ……」
「僕と志鶴の違う所は、僕は君のためを考えるが、君は僕の気持ちだけを考える事だ。わがままな僕に何もかも合わせる必要はないよ」
わたしは首を傾げて圭吾さんを見上げた。
「圭吾さんはわがままじゃないわ」
「ありがとう。そう言ってくれるのは君くらいだよ」
圭吾さんは頭を下げてわたしにキスしかけたけれど、途中で携帯電話の着信音に邪魔された。
「電源を切っておけばよかった」
圭吾さんは苦笑した。
でも、あなたはそんな事はしない。羽竜本家の当主という仕事を真剣に捉えているから。
圭吾さんは、わたしから離れて電話に出た。
わたしは、圭吾さんのお仕事が終わるまで黙って待つ。
――ほらね? わたしだって圭吾さんのためになる事、ちゃんと考えてるの。親父が心配しなくても、自分の気持ちくらい分かってる。
圭吾さんがやきもきしなくても、必ずあなたの元へ帰って来るわ。
圭吾さんが、電話をしながらわたしの方を見た。
なぁに? わたしの話?
どうやら電話の相手は悟くんらしい。
「お前の考えも一理あるが、僕としては志鶴に決めさせたい」
圭吾さんが言っている。
「ああ、でもそのために僕がいるんだ」
どうしたんだろう?
圭吾さんは『じゃあ、後で』と電話を切った。
「こっちへおいで、志鶴。話がある」
圭吾さんはわたしをソファーに座らせると、わたしの前にひざまずいて手を握った。
「電話は悟からだった。美月ちゃんが育てていた龍が死んだそうだ」
「龍って……あのトナカイみたいな?」
圭吾さんはうなずいた。
「美月ちゃんは君に来てもらいたがっている。悟は君に見せたくないそうだ。決めるのは君だ」
美月がわたしに来てほしいなら、行ってあげたい。だって、反対の立場だったらあの子は必ず来てくれるはずだもの。
でも……『死』を見るのはつらいし、怖い。
「僕は――僕は出来るだけ君に悲しい思いをさせたくはない。だけど、生きていれば避けられない悲しみもある。忘れないでいてほしい。僕がいる。どんな時でも。僕に君がいるように」
わたしは真っ直ぐに圭吾さんを見た。
わたしは――わたし達は、ただ好きだから一緒にいるんじゃない。
お互いが必要で一緒にいるんだ。
「連れて行って」
かすれた小さな声で、わたしは言った。
「後悔したくない」