クリスマスまでの準備3
翌朝早く目が覚めた時、わたしは一人だった。
圭吾さん?
寝室のドアを開けて左右を確かめると、居間の方から圭吾さんの声がした。
わたしは裸足でペタペタと歩いて、居間の入口から部屋を覗き込んだ。
圭吾さんはジーンズとTシャツ姿で、窓の外を見ながら電話で話していた。
左腕に包帯。まだ痛むのかな……
「やりすぎたのは分かっているよ――もう非番に入るんだろ? 朝飯を食いに来いよ。志鶴の姿くらい拝ませてやる」
どうやら要さんと話しているらしい。
「常盤は別の奴に預けてしまえ。今日は出かけるんだ。病院から来いと言われてるし、その後は志鶴とデートだ」
圭吾さんが振り向いた。
「残りは後で。お姫様のお目覚めだ――うん、それは一緒に寝ているからさ。切るぞ」
圭吾さんは電話を切ると、『おはよう』と笑顔で言った。
「わたしがどこで寝ているか、いちいち吹聴する必要あるの?」
わたしは口を尖らせた。
「吹聴しなくても噂くらいにはなっているんじゃないかな。まあ、みんな僕を志鶴に押し付けたがっているから、悪気のない噂だろうけど」
圭吾さんは近づいて来て、わたしの唇にサッとキスをした。
「拗ねていても可愛いね」
そんなコト言うなんてずるいわよ。
「も、も……もう起きるの?」
わたしは真っ赤になって口ごもった。
「少し仕事を片付けてしまおうと思って。志鶴はもう少し寝ていていいよ」
「わたしも起きる。もう眠くないし」
「じゃ、母屋にお使いを頼んでいいかな?」
「朝食に要さんも来るのね?」
「ご明答。それから悟達をたたき起こすといいよ」
わたしは、顔を洗って着替えてから母屋に行った。
台所では、もうお手伝いさん達が働いている。
わたしが『おはようございます』と中に入って行くと、和子さんが振り向いた。
「志鶴様? お早いですね」
「朝食をもう一人追加して下さいって、圭吾さんが。要さんがお仕事明けでいらっしゃるそうなの」
「かしこまりました。お茶をお入れしましょうか?」
「ううん。これから悟くん達を起こすの」
和子さんは顔をしかめた。
「きっとまだお休みですよ」
だから起こすんじゃないの。
「圭吾さんが起こしていいって言ったもの」
わたしはニッコリとして言った。
お手伝いさん達がクスクス笑う。
「まったく……圭吾様ときたら」
和子さんは呆れたように頭を振った。
「それに、わたくしもどうかしているのでございましょうね。入る時はお静かに。その方がびっくりしますよ」
わたしは驚いて瞬きした。
みんなニコニコしている。いつも厳しい和子さんが、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
わたしは小さな子供に戻ったような気分で、悟くん達が泊まった部屋の前まで行った。
和子さんの忠告通り、そおっと襖を開ける。
悟くんと大輔くんは、ぐっすり眠っていた。悟くんは横向きで。大輔くんは頭から布団を被って。
何だか修学旅行みたい。
わたしは二人の間に『おっはよう!』と言いながらダイブした。
「う、うわわわわっ! 何? 何? 何っ?」
大輔くんは大声を上げながら、掛け布団を抱えて壁際まで逃げた。
悟くんは眠そうに前髪を掻き上げて、頭をちょっとだけ起こした。
「おはよう、しづ姫。早朝ドッキリかい?」
わたしは布団の上にバタッと伏せた。
「悟くん、もっと驚いてよ~」
「大輔が三人分くらい驚いたじゃないか」
大輔くんは壁際で目をパチクリとさせていた。
「驚かすなよ」
大輔くんは這って手を伸ばすと、枕を手にした。『ゴメン』と言いかけたわたしの頭に枕が命中する。
「ガキみたいな真似すんなよな」
「ねえ、弟がいるっていつもこんな感じ?」
わたしは悟くんに向かって尋ねた。
「そう。小生意気で騒々しくて――楽しいよ」
「何だよ、それ」
大輔くんは顔をちょっと赤らめて咳ばらいをした。
「でも、お姫様が弟を欲しいって言うなら、なってやってもいいぜ」
ホントだ。楽しいわ。
朝食の席は、要さんも加わって賑やかになった。
「こんなに人が集まるのは何年ぶりかしらね」
伯母様が嬉しそうに言った。
「あなた達が子供の頃は、よく集まったわね。賑やかで楽しかったわ」
「そのうち孫で一杯にしますよ」
圭吾さんがごく当たり前の事のように言った。
この広い家を一杯にするには、何人くらい必要かなぁ。
「十人くらいいても平気よね」
彩名さんがそう言う。
「その半分は彩名の持ち分だぞ」
圭吾さんが皮肉っぽく言った。
ママが生きていたら、あるいは、ママが亡くなってすぐにこの家に預けられれば、わたしもこの賑やかさの中で育っていたのかも知れない。
一瞬、胸が痛んだけれど、圭吾さんが笑顔でわたしを見て、そんな事は何もかもどうでもよくなった。
過去は変えられない。でも、未来はこの手にできる。
二人で。




