真昼の園に潜むもの 2
連れて行かれた先は、圭吾さんの住む三階だった。
私と彩名さんの部屋の前の廊下の突き当たりにドアがあって、そこから上の階に向かって細く急な階段が続いている。
階段の途中の壁には窓がなく、代わりに小さな明かりが手すり沿いに等間隔で並んでいた。
階段を上がりきってまたドアを開けると、そこは眩しいほどの日差しが差し込む広い部屋だった。
圭吾さんの横を突っ切って、黒い龍が開けっ放しの大きな窓から外に飛んで行った。
「おいで」
圭吾さんに手を引っ張られ、龍の後を追って窓からテラスに出る。
「志鶴、下をご覧」
テラスのフェンスに手をかけて下をのぞきこむと――
うわぁ!
そこはレンガの高い壁と岩山に囲まれた緑の庭。
色とりどりの花々が気ままに咲き乱れ、岩山からは細い水の流れが幾筋も滝になって流れ落ちていた。
木と花の間を縫うように龍たちが低く滑空していて、翼が日差しをはじいて光る。
「圭吾さん! 圭吾さん! ねぇ、下に下りられないの?」
「あっちに階段があるよ」
三階のテラスから下の庭園まで長い螺旋階段が続いていた。
手すりにつかまりながら駆け降りる。
すごい
すごい
目の前で龍が宙返りする。
息を切らして、最後の二、三段をすっ飛ばして地面に飛び降りると、草の間から小さな龍達が昆虫のように飛び出して行った。
「ねぇーっ! ここは何ぃっ?」
高い空を見上げながら訊く。
「龍の棲息地ってとこかな」
すぐ後ろで圭吾さんの声がした。
「岩山の方に洞窟があるんだ。そこであいつらは産卵して孵化する。海岸の崖沿いにも何カ所かに群れがいるよ」
「こうやって見ると、本物の龍みたい」
「だって本物だもの」
「トカゲの一種でしょ?」
「こんなトカゲ、どの図鑑にも載ってないよ」
「限られた地域に生息する珍しい生き物って事でしょう?」
「夢のないことを言えばそうだね」
圭吾さんは苦笑い。
「ここは生物学者が注目するような場所じゃないし、地元の人間は神の使いの龍だと思っているから生物学的な分類なんて思いつきもしないだろう」
「この子達、神様のお使いなんだ」
わたしの足元に真っ白い龍が寄ってきた。
ママが飼っていたのに似てる。
そっと手を伸ばすと、小さな鼻先をわたしの手に押し付けた。
「竜城神社を知っているだろう? 闘龍はもともと奉納神事だよ。大会に出てみる? 二ヶ月あるから十分訓練できるよ」
「竜田川さんも出るかな」
「あの娘は優勝候補だよ」
「じゃあ出なきゃ」
わたしの足元にいた白い龍が、羽を広げて飛び去った。
「それにしても、竜田川さんがどうしていつもわたしに突っ掛かってくるのか全然分かんないの」
「人の行動には、それぞれ他人には分からない理由があるものだ」
それって、わたしのどこかが彼女のカンに障るってことなのかなぁ。
特別悪いことをしているわけじゃないのに誰かに嫌われるって……ちょっとへこむ。
「圭吾さんは大会に出ないの?」
「うん。僕も中学までは、やっていたんだけどね――少し歩く?」
わたしは頷いて、差し出された圭吾さんの手に自分の手を預けた。
「ここは、祖父が祖母のために造った庭なんだ。祖母も若い頃は闘龍をやっていてね、かなり熱心だったらしい」
「綺麗なお庭ね」
「そうだね。でも出入りがしづらいだろ? どうしてこんな作りにしたのか、さっきまでずっと疑問だった」
さっきまで?
「今は分かるの?」
「志鶴を連れてきてやっと分かった」
圭吾さんはそう言ってニッコリと笑った。
「祖父は祖母を独り占めにしたかったんだね。だってここなら、誰にも邪魔されないもの」
あれ?
「じゃあ圭吾さんも、わたしを独り占めしたいってこと?」
「そうだよ。僕はヤキモチ妬きなんだ」
あら、意外
「志鶴をここに閉じ込めたいって言ったらどうする?」
わたしは戸惑って、瞬きをしながら圭吾さんを見上げた。
圭吾さんは穏やかな笑みを浮かべて、わたしを見下ろしていた。
「冗談だよ」
なぜか胸がドキッとした。




