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完結

「いよいよだね」

 って、みんなの声がちらほら。あたしはそのときでさえ、不安でいっぱいだった。

その日の帰り、外はひどい雨だった。

「もう…最悪」

ぶつぶつ一人言いながら学校の校門を出る。

外の光景は、あの日の事件を―…思い出させる。

「あーあ、やだやだやだ」

今下を向いたら涙がこぼれ落ちる気がして、あたしは一度目をぎゅっと閉じて上を向いた。見上げた空は、思わず仰ぎ見たくなるようないつもの青く澄んだものではなく、深く暗い色をしていた。

雨なんか降らなければ…。きっと大きく変わっていたはず。あの日…。

今さらだ。目の前にあるのが真実で、それは決して否定などできないし、あの日に戻ってやり直すこともできない。そう、それだけが、真実。


「奈々、奈々あ〜っ」

「…?」

あたしは呼ばれて振り返る。

「梨花」

後ろから梨花が大あわてで走ってくる。

「……梨花…」

もしかして、泣いてる?

「どうしたの?」

「……っ……く」

やっぱり、梨花の頬を涙が伝い、地面にぽたぽたと落ち、雨に混じる。

「ちょっと梨花、何? ねえ…」

それでも梨花は泣き続けるだけだった。何も言わないかわりに、その場に泣き崩れた。

「ちょっと梨花、制服濡れ…」

「友希が…」

「えっ?」

「友希が…さっき事故に…」

―え…。

事故……。

あたしは一瞬、意識が遠のくような感覚に襲われた。

「どうしよう。ねえ…どうして? どうして友希が…友希…」

 (梨花…)

 そのときあたしは、梨花の確かな思いを知った。でも、それどころじゃない。

「雨…」

思わずつぶやく。

「雨が…」

また雨が、人を不幸に…。


「梨花、友希どこなの?」

「今病院に…」



それからあたしたちはすぐに病院に向かった。

でも、友希に会うことはできなかった。

「大丈夫よ、ショックはかなり大きいみたいだけど、体はたいしたことはないの。入院もないと思うわ」

かわりに看護師さんが答えてくれた。

友希は誰にも会いたくないらしい。



たいしたことはない、そう聞いて少し落ち着きを取り戻した梨花に、あたしはようやく詳細を聞き得た。

学校が終わって帰ろうとしたとき、先生が大あわてで電話していて、そこに友希の名前が出たのを耳にした。それから無理矢理に電話の内容を聞き出したって。


再び看護師さんの話によると、さっき先生だけは、誰にも会いたくないという友希に無理矢理に会ったんだそう。

「突発的なことに驚いてるのよ。誰にも会わないっていう気持ちも分かる」

「え?」

看護師さんが口にしたことばに反応したのは梨花だった。

「でも、そのうちに会ってくれるわ。それに、女のコ、って言ったら喜ぶんじゃないかしら?」

なんて、可愛らしく話してくれた。

「………」

あたしと梨花は顔を見合わせて苦笑い。

「…大丈夫よ」

「そうですか」

 (梨花…)


「帰ろっか」

「………」

あたしが話しかけても、梨花はずっとうつむいていた。静かに泣いていた。

「だーいじょぶ。看護師さんだっておっしゃってたじゃない。それに友希はほら、ちょっと事故ったくらいで…ねえ。やっぱり不死身なのねえー…ねえ?」

わざとらしい振る舞いかもしれない。でも、明るく振る舞わなきゃ梨花がぼろぼろになりそうで、あたしはそれを見るのが怖かった。

それでも、梨花はうつむいていたけれど。

「………」

「…元気、出しなよ。…ね」

「……うん」

正直あたしは、こんなに不安そうな梨花の顔を初めて見て、戸惑った。


「ねえ梨花…」

あたしは友だちとして、気になったことを聞きたくなっていた。

「梨花もしかして友希のことをさ」

「違う!!」

 (梨花…)

走り出す梨花を見て、あたしはそれを引き止めることはできなかった。

梨花は本当に本当に友希を……好きなんだなって。そんなふうに、強く感じていた。

「おいっ」

―?

「えっ?」

 (…!!)

振り返るとそこには友希が立っていた。

「何してんだよ、お前」

「何してんだじゃないでしょ。本当に大丈夫なの?」

「あー、ちょっと腰が痛いけど全然たいしたことない。あ、もしかしてアレか? お見舞いとか…俺に気ぃあったのか? いや〜、今まで気づかなくて悪かっ…」


―パシッ



乾いた音が、響いた。

「…ってぇ…何すんだよ」

はっとして我に返る。あたしは思いっきり、友希を頬をひっぱたいていた。

だって…だってこれじゃあ……。

「あたし全然心配なんてしてない。あんたなんか知らない。でも…でも、梨花は違うよ。友希のことすっごく心配してた。すごく…。だいたい何であたしが友希を好きじゃなきゃなんないのよ」

「………」

「友希はねえ、人の気持ちにも…」

「俺さあ」

何よ、人の優しさにも気づかないで。

「俺、奈々が好きだった」

―え……。

何…今何て…。

「だから、奈々も好きでいてくれたらうれしいと思った」


静まり返った病院の廊下。

予想だにしない人からの、告白。


カタ。



―え?

音のした方を見ると、そこには梨花が立っていた。

手には缶ジュース。

どうやら落ち着いてから、戻ってきた様子だった。

「梨花っ」

今の、見られてた? まさか…。

何、このタイミング。

「梨花待って!!」

今度は、立ち去ろうとする梨花を追いかけた。



「梨花」

あたしは梨花の腕をつかむ。

「…離してよ」

小声でつぶやく梨花。

今、何を思っているんだろう。

ゆっくりと座り込む梨花。

私も隣に座った。「梨花…」

「奈々の言う通りだよ」

「え?」

「あたし、友希のこと…」

「伝えなよ」

それが梨花の…

「桜梨花子の15才の恋っ! じゃんよ。伝えないまま終わるなんて…もったいないよ」

よく考えれば、酷なセリフ。

好きな人が違うコに好きなんだと告白する。そんな場面に直面したのに、自分は好きなんだと伝えろだなんて。

「でも友希は奈々のことが好きだったんだね…あたし全然気づかなかった…」

ほんの数秒、いろんなセリフが頭の中でごちゃごちゃしたけど。

「だから何?」

「だから、友希が見てきたのは奈々なんだよ…」

「そんなの、関係ない。友希は勝手にあたしを好きだって言った…言ってくれた。だから梨花だって勝手に友希を好きになっていいじゃんよ。もし届かなくたって、伝えるのなんか自由じゃない!」

そこまで一気にしゃべって、あたしは少しすっきりした。

「奈々―」

「うん。今伝えなきゃこの先もうずっと伝わらないよ。逃げちゃダメなんだよ、たぶん」

梨花にとっては苦しい選択。何も伝えないまま、仲のいいクラスの一員として最後まで演じきると言ったとしても、あたしはそれでも非難する気なんてなかった。

そして、梨花は少し考えて。

あたしの目を見て言った。

「決めた」

決心した表情。

「あたし、言う」

「梨花…」

「だから―」

だから?

「だからさ、奈々ももう言い訳しないで」

「…?」

「雨のせいにして逃げるなんてさ」

あ…。

言われて思う。

 あたしはこれまで、随分言い訳を続けてきた。否めない事実。

「…分かった」

それから、梨花はあたしの驚くようなことを口にした。

「奈々、お姉さんを亡くしたんだってね…。1年くらい前に…奈々のお母さんに聞いたの」

雨の日の真実を話していたらしい。

「それで幸せにはなれないじゃん。雨のせいじゃないし。お姉さん亡くして…悲しいの分かるけど、そんなふうに悲しんでる奈々をお姉さんは見たくはないと思う」

一気に、いろんなことが浮かんできた。


「…分かったよ」

あたしも、決めた。言い訳なんてしない。

「だから…行っといでよ」

「奈々…。うん!」

後悔はしたくない。

今の自分のあふれる気持ちを、たいせつにしなきゃいけない。


―――

―――…






「おはよーっ」

教室には、みんなの笑顔。

「おはよ」

友希はやっぱり不死身だったらしく(なんてね)、翌日にはもうすっかり元気だった。

もう、心配ないなと思う。

あたしは、今なら自分らしく行ける気がする。

そして―…


「こらーっ!! バカ友希!! 宿題くらい自分でしてこいってのー」

「だってえ〜…難しいんだもん」

「あたり前でしょ。あたしが2時間もかけて解いた問題をーっ!!」

そこには、いつもの友希と梨花の姿があって。

「あーっ、奈々ちょっと聞いてよー」

ようやくあたしが登校してきたことに気づいた梨花が走り寄ってくる。

「友希ってばね―…」

相変わらず仲のいいことっ。それにしても友希どうしていつも仲のいい梨花じゃなくてあたしを……。

「ちょっと、聞いてるぅ?」

梨花があたしの顔をのぞき込んでる。

「あ、ごめん。全っ然、聞いてなかった…」

「何ぃーっ」

「あはは、ごめーん。許して」


ま、どうでもいいか。そんなこと。

結局、梨花と友希と、そしてあたし。3人は何も始まることなかった。でもね、たいせつなものを見つけた。

「あたしたち3人さ、ずっとこうして変わんないでよーね」

「…うん!」

あたしはそれに、深くうなずいた。

「えー、俺やだなあ」

「何か?」

「……いいえっ」

何も始まらないことって、ヘンかな。何も始まらない恋って、ヘンかな。あたしは決してそんなことないと思う。人を好きになるのに無駄なんてナイと思うから。あたしもこれから、素敵な恋ができたらいいな。

そして、“好き”って伝えたい。




―やっと、気づいたよ、お姉ちゃん。雨が降るとたいせつなものが奪われていくんじゃない。

ねえ、あの日の雨はきっと、一人ぼっちのお姉ちゃんの傍に寄り添ってた。支えになった。

あたし、最近思うんだ。雨が降るとお姉ちゃんの明るい笑い声がするの。それは雨に思いを乗せたお姉ちゃんが、きているから?

今日は、青く青く、澄んだ空だよ。

あたしの周りには、優しい雨が。

また、ずっとずっと待ってるね。





優しい雨が降る日まで―


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