4月9日(月)
気がつくと朝だった。ボクは、結局一睡もできていなかった。目はシパシパするし、頭は、内側から金槌で叩かれているような鈍い痛みがあった。現在、午前7時30分。朝のニュースをやっている時間帯だった。ボクは起き上ってテレビの電源を点ける。「もしかしたら、11人目の生首が発見されてボクがこんなに怯えて過ごす意味もなくなるかも知れない」
なんていう淡い期待を抱いていたが、神様はボクのそんな願いは聞き入れてくれないようで。30分経っても、1時間経っても生首が見つかったというニュースが流れることはなかった。
だが神様は残酷ながらもときに優しさも見せてくれるものである。ボクの「早く最後の生首が見つかってほしい」という願いは、このすぐ後に叶うことになる。
ボクはこの後、10時までずっとニュースを確認していたが、やはり無駄だった。ボクはテレビを消して溜息を一つ吐いた。寝ていないせいで相変わらず頭が痛かった。今は恐怖よりも眠気の方が先行していた。とにかく眠くて眠くて仕方なかった。
寝ようと思い、リビングからボクの部屋へ移動しようとした時だった。
ゴトン!ガタンガタン!
不意に、何か重いモノが落ちたような音が家の中に響いた。
昨日の夜のように、恐怖に震えていたボクだったら、部屋の中なんて見ずにすぐ警察に連絡していただろう。だがこの時のボクは寝不足でそんなことすら考えることができなかった。ボクは何の音かと、自分の部屋のドアを開けた。
部屋のドアを開けると、それは床に転がっていた。辺りには、紅い液体が広がっており、鼻を突くような鉄の臭いが漂っていた。一瞬、ボクの思考回路はショートする。目の前で起こっている事態が全く飲み込めない。恐怖のだけが働かない頭の中で反響していた。しばらく立ち尽くしていただろうか。ボクはハッと我に返った。既に眠気なんて吹っ飛んでいた。
そこには紛れもなく、11人目の生首が転がっていた。
「何で……一体どうしてこんなモノがオレの部屋に!?いつの間に?どこからこんなモノが出てきたって言うんだよ……」
部屋の中央付近に転がっていたそれの状態は酷かった。見ていると吐き気を催すような惨状だった。これを見たボクが悲鳴を上げなかったのが不思議なぐらいである。
不思議なことに、今もまだポタポタと血が垂れていて、ボクの部屋の床を赤く濡らしていた。表情はひどく苦しそうで、大きく開いた口からは、舌と涎がダラリと垂れており、全く生気を感じない。さらに両目がくり抜かれており、目があったはずのその穴には溢れそうなほどに血が溜まっていた。
酷かった。なんというか他に形容できる言葉がボクには見つからなかった。
渚に電話で、落ち着いてなんて言った自分は本当にバカだった。こんな状況で冷静になれる方がおかしいというのに。ボクはパニックに陥っていた。頭が真っ白で何も考えられなかった。だが、半分反射的に警察に電話しなければと思い立った。ボクは吐き気をこらえながら、ベッドの上のケータイを取って110番をプッシュした。警察の人が応対をしてくれているが、自分が一体何をしゃべっているのか自分でもよく分からなかった。そのぐらいパニックになっていた。
警察に電話で事情を説明していると、空の時のように、突然、テレビの砂嵐のようなノイズがかかり始めた。そして、これまた空の時と同じように突然プツンと電話が切れた。部屋の中は、電話の切れたツーツーツーという音以外、全くの静寂だった。何度警察にかけ直しても、電話が繋がることはなかった。何も音がしなくなると途端に、ボクの恐怖は倍増した。嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。この静寂が怖かった。冷たい汗が背中を滑り落ちていった。
「イタイ……イタイヨ………タスケテ……タス…ケ……テ………」
その静寂を破ったのは、およそこの世のものとは思えないほど低い声だった。実際、この世のものではないのだが。生首がしゃべっていた。先ほどまでは全く生気を感じなかったそれが、今はまるで生きているかのようにしゃべっていた。ボクは恐怖のあまり叫び声をあげていた。部屋から逃げ出そうとしてドアノブに手をかけたがなぜか回らなかった。ガタガタとゆすっても全く開く気配は無い。後ろでは、ゴトッゴトッという感じの音がしていた。チラッと後ろを振り返ると先ほどまで部屋の中央付近にあったはずの生首が少しずつボクの方へ近づいてきていた。
ボクはなおもノブを回そうとするが回らない。ガタガタと揺らしても開かない。体当たりをしても、ドアはびくともしなかった。こうしている間にも、徐々に、徐々に、生首はボクの方へ迫ってきていた。そして、ついにボクの足元まできた。そして生首はボクを見上げて、恐ろしく低く、それでいて恐ろしく明瞭な声で言った。
「コロシテヤル…………」
ボクはそこで突然意識を失った。