4月5日(木) 午前
「よっ、おはよーさん!」
校門の手前の上り坂で元気のいい呼びかけが聞こえて振り返ると、短い髪をツンツンと立てた痩せた男がこっちに走ってきていた。どうやら幼馴染の茨城空だ。
「空か、おはよう。」
「クー君おはよう。」
ボクはダルく、柊は明るくて爽やかなあいさつを返す。
「ハハッ、お二人さんは相変わらず仲がよろしゅうございますねぇ!」
空はボクと柊を交互に見てニヤニヤしている。
空は昔からずっとこんな風にニヤニヤしていて、絶対に笑顔を絶やさない明るいヤツだ。まぁニヤニヤのせいで教師たちからはあまりいい風に思われていないが、勉強はそこそこできて、頭の回転が速い。それから、本人いわく嘘を吐くのが得意らしい。いつでもニヤニヤ顔で表情が全く読めないので、彼の嘘は絶対に見破れないと校内でもけっこう有名らしい。
空は相変わらずニヤニヤしながらボクの横に並んで歩きだした。
「なぁなぁヨミ、クラス分け、どうなってるかな?」
「どうだろうな…まぁ3人一緒のクラスだったらいいよな。」
とりあえずボクは無難にそう返した。あ、ちなみに、空はボクのことをヨミと呼ぶのだ。
「はあぁ…冷めてるねぇ、ヨミは。そう思うだろ?彩乃?」
「まぁそれがケイ君だもの!」
そんな話をしながら歩いているとあっという間に坂を登り切り、学校に到着していた。
学校の玄関を入ってすぐのところには大きな人だかりができていた。
「よお!黄泉川、茨城、それから柊ちゃん!」
「おはよう」
ボクたち3人はそろって彼に挨拶をする。
「なぁなぁ一条、お前、クラス分けどうだったよ?」
相変わらずのニヤニヤ顔で空が訊いた。
「オレはC組だったぜ。あ、お前ら3人も一緒な!今年もよろしく頼むぜっ!」
「わぁ!ナギ君とまた同じクラスだね!よろしくね、ナギ君!」
柊はとびっきりの笑顔を向けた。とたんに一条の顔が赤くなる。こいつは傍目から見て一瞬で分かるほど柊に惚れているのだ。こいつの本名は一条渚。女っぽい名前だが男である。メガネが似合う優等生といった感じの見た目だが、全く勉強ができない。むしろかなりのバカである。だが、その見た目とのギャップがイイらしく、女子ウケはいい。女子だけでもなく、男子にも友人が多く、毎日楽しそうに生きているヤツである。一応ボクもその友人の一人である。
しばらくの間、掲示板の前でボクたち4人は他愛もない話で盛り上がった。
キーンコーンカーンコーン
会話に水を差すように予鈴が鳴り、ボクたち4人は急いで教室へ向かった。
教室につくと既にほとんどの生徒が席についていた。新学期ということで席は名前順になっていた。ボクの席は窓際の一番後ろだった。特に荷物の入っていない薄っぺらな鞄を机に放って椅子に腰かける。担任はまだ来ていなかったので教室は騒がしかった。正直学校はダルい以外の何者でもない。一応授業はそれなりに聞いているが、それ以外は全く興味がない。毎日が億劫だった。それは今日だって例外ではないのだけれど。
担任が来るまですることがなかったからボーっと窓から空を眺めていた。家を出てきたときはよく晴れていたのに今は雲が太陽を覆い隠そうとしているところだった。
「ケイ君ケイ君?おーい聞こえてるー?」
どれくらい外を眺めていただろう、誰かがボクの名前を呼んでいた。声のする方を見ると柊だった。どうやら柊はボクの隣の席だったらしい。
「ねぇケイ君、先生来るの遅すぎない?」
柊に言われて時計を見ると、時刻は8時45分。ホームルームは普通8時半からだからすでに15分もオーバーしている。
「確かに遅いな。でも待ってれば来るだろ。さすがに初日からホームルームすっぽかす担任なんていないだろうから。」
ボクがそう答えたのとほぼ同時ぐらいに教室のドアが開いた。
「みなさん席についてくださーい!」
教室に大きな声が響いた。甲高いアニメ声、ボクたちの担任の麻乃結衣子先生だった。ザワザワしていた教室はすぐに静かになり、皆が席に着いた。まだ一昨年大学を卒業したばかりの若い先生だ。顔立ちが整っており、アニメ声。男子からの評価はものすごく高いらしい。いつもニコニコと笑っている優しい印象の先生だ。
だが今日はどうも顔が曇っているように感じた。というか顔が青ざめている。そういえばさっきの大きな声も何か無理をしているような感じだった。
「ねぇねぇケイ君、なんか先生変じゃない?」
柊もおかしいと思ったらしく、ボクに小声で聞いてきた。
「たしかに変だね。まぁボクらに関係のないことなら別にいいけどね。」
「またケイ君は興味ナシかぁ。もし大事件とかだったらどうする?」
「どうもしないよ。なるべく関わらないようにするだけさ。」
先生は未だ教壇の前で青い顔だ。口がパクパク動いていて、何か話そうとしている感じ。
「せんせー、そんな顔してどうしたんすか?なんかヤバい事件でも起きましたかぁ?」
ざわつく教室の喧騒をかき消すかのように声をあげたのは空だった。相変わらずヘラヘラした様子だ。先生は空の声でハッと我に返った。そしてしばらくの沈黙のあと口を開いた。
「今日の朝、学校で頭から上が無い死体が11体も見つかりました………」
先生の一言で教室中が水を打ったように静まり返った。