03
ふと目が覚めた。
変な時間に目が覚めたものだと思った。外はまだ暗いらしく、常夜灯のオレンジ色の灯りがやけに明るく感じる。
いつもの習慣で見上げる天井。当然見覚えのあるそれは、今はなぜかいつもと違った。
言葉で表すのは難しい何かは、隣で誰かがうごめいた事と、そのヒトが誰なのか分かったことで解明した。
「うわッ!」
母親だ。こちらに背中を向けているが、間違いない。
驚きのあまり大声を出してしまったはずなのに、実際には声は出ていなかった。それどころか母親の隣で寝ている『おれ』は、それがさも当たり前のように捉えている。
もう一度天井に目を移す。おれの部屋の天井と同じ模様だが、よく見れば確かに微妙に違う。室内をめぐるとここ最近は入ることのなくなった両親の部屋だった。
これはおれじゃない。この光景を見ているのは、本当は父親だ。
おれがこうしてここにいることに気付いていないようで、父親は肩口が出ていた母親の掛け布団をかけ直してやり、目覚まし時計を一瞥したのち再び眠りについた。
視界は闇にふさがれた。
「お兄ちゃん、まだスウェットのまんまなの?!早くしないと遅刻しちゃうよ!」
重たい頭を抱えてダイニングへ行くと、今朝もミナミがギャンギャンと騒ぎ出した。相変わらず父親はテレビニュースばかり見ているし、母親は・・母親の菜箸を持つ左手をどうしても意識してしまう。
「お前がまだいるんだから大丈夫だろ。それより頭痛がするんだから怒鳴るなよ」
「ざぁんねぇんでェしたぁー!あたしは今日から朝練なしなんですぅ!」
「テスト前一週間は部活なしなんですって。ちゃんと勉強すれば良いけど。そんなことよりタスク、頭痛って酷いの?やだわ~風邪かしら?」
小さな子供にするように額に手を当てようとした母親の手を・・しかも左手を伸ばされ、煩わしげに押しのけた。
「病院行く?」
「いいよ。風邪じゃないし。なんか夢見が悪かったからだと思う」
目が覚めたときの、あの鬱々とした気分は多分そうだ。
椅子を引いて腰掛けると、いつも通りサラダとカップが目の前に出される。
「頭痛薬飲んでおけばすぐ直る。ミナミじゃないけどおれんとこもテスト近いし」
焼きたてのトーストを受け取り、今朝はママレードのふたを開ける。
正直なところテストなんてどうでもいいが、家で寝てると母親が頻繁に様子を見に来てゆっくり眠れない。だから、どうせ寝るなら保健室のほうがのんびり出来ていい。
「ねーねー、夢ってどんなの見たの?悪い夢って誰かに話すといいらしいよ?」
食パンにベーコンとスクランブルエッグを挟んだ簡単サンドウィッチを頬張りながらのミナミの問いに、おれは暫し考え込み、
「・・・・・・忘れた」
片鱗さえも覚えていなかった。
「夢ぇ?そういえば最近は夢なんて見て無いなぁ・・」
2限目までを保健室で過ごしたおれは、昼休みになっても屋上に上がる気がせず、弁当も開けずに机になついていた。
ダルそうにしているといつもの奴らが周りを取り囲み、教室にいない奴の椅子を勝手に拝借して座った。
「ダメダメ。イガラシに聞いたところでせいぜいエロい夢しか見て無いって。万年飢えてッからさ」
「なんだよっ。フジだってつい最近ユリカちゃんと別れたばっかじゃねーか!」
夢って覚えてるほう?と訊いたら、口喧嘩が始まってしまった。
薬を飲んできたと言うのに頭痛が治まらない。忘れてしまった夢を思い出したらスッキリするんじゃないかとの根拠の無い考えに、3人にどうしたらいいかを訊ねたのだ。
「もう一回寝れば?」
「だから保健室にいたんだろう?」
おれより先にミタが応えた。そして訊く。
「おまえは何がそんなに気になるんだよ?夢か?利き手か?」
「・・わからない」
わからないから、イライラする。わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アタマが痛い。
結局思い出さないまま・・頭痛も引きずったままに早退して帰宅した。
「・・おぅ」
玄関で靴を脱いで声をかけたが、返事は無い。
こめかみを押さえながらリビングへ行くと、テーブルに突っ伏して母親が眠っていた。
曲げた右腕に頭を乗せ、左腕を伸ばした格好で。
「っう・・」
アタマが痛い。
投げ出された母親の左手を見ていたら、そもそも違和を感じ始めたのも、夢見が悪くって頭痛がするのも、全部その『左手』のせいのような気がしてきた。
おれはキッチンへ向かうと、水切り籠から包丁を取り出した。
ゆっくりと踵を返し、リビングへ。
ああ・・アタマが痛い。
おれがいつも同じおれである理由とか、利き手に何でそこまで拘るのかとか、夢を覚えてないこととか、今この瞬間、それらがどうでもいい事のような気がしてきた。
わからないことは失くしてしまえばいい。
おれはテーブルの上の少しカサついた女物の左手めがけ、両手で握った物を力の限り振り下ろs
ピピピッ・・・ピピピッ・・・ピピピッ・・・
ぽかりと覚醒した。二度三度と瞬きを繰り返し、部屋の中をぐるりと一瞥する。
ああ・・・、また今朝も『おれ』だ。どうしていつも毎日『自分』なのか?
・・・・・・・・・・おれは、今朝も『おれ』であることに失望しながらベッドから抜け出した。
わかりにくい内容と拙い文章で、お目通しくださった方々を混乱させてしまったのではないでしょうか。もしそうであったのなら、ここに深く陳謝いたします。
申し訳御座いませんでした。
そして、ここまでお付き合いくださった心の広い皆様に、感謝いたします。




