02
「そりゃータスクが可笑しいって。電波入っちゃってるよ」
2年生の特権で、昼休み、屋上の一番日当たりのいい場所に陣取って、弁当を広げる。1年から一緒のフジイエと、2年になってからつるむようになったミタ、イガラシの4人で飯を食うのはほぼ日課になっている。
今朝の遅刻の理由をイガラシが訊いて来たから、おれは素直にオフクロの利き手の話をしたのだが、3人が3人とも変だと言う。
「どーしていきなり利き手なの?っていうか、十七年も傍にいて今更それは無いって!」
「そうそう。それに右手だろーが左手だろーがどっちでも良いんだよ。ちゃんとメシさえ作ってくれれば」
昼飯が購買のパンになる確率が高いミタは、そんなことを言いながらオレの弁当箱から唐揚げを一つつまんで口に放り込んだ。
確かに母親の利き手がどっちだろうと、おれの生活が変わるわけじゃない。朝起きて、メシ食って、ガッコ行って、帰る。そんで風呂入って、メシ食って、寝る。いつも一緒。毎日同じ。
そして明日の朝目が覚めたら、また「ああ、今日も『おれ』だ」って思うんだ。
なんて言ったらいいんだろう、あの感覚。眠りから覚めて自室なんだと認めた途端に湧き起こる、またここか・・という落胆。無理矢理例えるなら、おれじゃない『おれ』がおれを通してこの世界を見ていて、その『おれ』からしてみたらモニター越しに見える景色がいつも同じでつまらないっていうか、どうしてほかのキャラクターのホームから始まらないのかって疑問を感じてる。
だから実際は人間はおれしかいなくて、おれを取り巻く周囲の人たちはホントは存在しない、どこかの誰かが作り上げたただのデータ。
システムがエラーしたり、バグが発生したりすると今回みたいにキャラクターの設定に影響してしまうんじゃないか・・
「そんなに気になる?」
黙りこくったおれの様子を心配してくれたらしく、イガラシが僅かに眉を顰めて覗き込んできた。
「え、いや・・・そんなんでも無いかな。お前らに聞いてもらったからさ」
全然違うことを考えていたとは言いづらく、しかもここにいる友人たちも含めて、実はデータなのではないかと疑ってるなんて知られたら、何処の厨二病患者だと笑われるのは必然だ。
「・・うん。おれの気のせいだよ」
そう結論付けたが、きっと違和感は拭えないだろう。今までがそうだったように。
「おぅ」
"ただいま"というのが照れ臭くなってから、代わりに「おぅ」と声をかけるようになった。
母親は週4日パートに出ているが、仕事は午前中なのでおれやミナミが帰宅する時間には必ずウチにいる。
奥から「おかえりー」と返ってくるが、その後もぼそぼそと話し声が聞こえるという事は、多分電話の最中なのだろう。
リビングの前を通りかかると、ソファにごろんと寝転んで受話器片手にこちらへ手を振る母親と目が合った。
階段を上がり自室へ。カバンを床に投げ出してベッドに倒れこんだ。
さっきの母親を思い出してみる。確か右手で子機を持って、左手を振っていた。今朝のようにはっきり利き手に違和を感じなかったと、ちょっとホッとした。
もしかしたら直った?その訳の分からないプログラムの不具合が解消されて、利き手の設定か、もしくはおれの側の認知のほうを書き換えたとか?
どちらにしろ、モヤモヤしたり違和感で気持ちが悪くならなければ、ヒトの利き手に文句は無い。ミタが言ったようにメシさえ出てくるのであれば、それでいい。
安心したせいか、おれはそのまま眠ってしまった。
ばんっ!と勢い良くドアが開けられた音にたたき起こされた。
ビックリして飛び起きると、ミナミがベッドの脇で仁王立ちしている。
「なんだよ、急に。勝手に入ってくるなよ」
「お兄ちゃん、何回起こされれば目が覚めるのッ。ずっと呼んでたんだよ!あたし部活でお腹ペコペコなんだから、ご飯って言ったらすぐ降りてきて!」
「先に食べてればいいだろう」
「だめっ。今日はあたしが洗い物当番なの。一度に終わらせちゃいたいからサッサと食べちゃってね!」
ああ、なるほどと思った。
ミナミは中学で弓道部に在籍している。が、運動部はとかく金がかかる。入部時に道具一式を揃えると、それなりの金額になってしまう。おれは中学の時サッカー部だったのだが、入部の時に渡されたプリントを見て親は目を丸くしていたのを覚えている。
そこでウチでは親から条件を出されるのだ。
1・絶対に途中でやめない。
2・道着やユニホーム、その他道具は自分で洗濯、手入れをする。
3・ウチの手伝いをする。
おれの時は毎朝玄関の掃き掃除だった。ミナミは月・水・金曜日の夕飯の後片付けだ。
仕方なく妹の後について部屋を後にし、ダイニングに入るともう両親は食事を始めていた。
「やっと来たのね~。タスクは今夜食べないのかと思ったわー」
一人晩酌を楽しむ父親とは違って、母親はすぐに来なかった息子に少々怒っているらしい。
自棄のように次々と箸を口に運ぶ・・・その手にどうしても注目してしまう。
左手、だ。
胸の奥が再びゾワゾワと騒ぐ。
やっぱり何かが違うのだと、正体のわからないものが耳のすぐ傍で囁いてるようだ。




