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九章

翌日。

 教室に入ったオレを出迎えたのは、ドブ川の底から引き上げられた自転車を見るようなクラスメイト達の視線だった。女も、そして男も、コミヤマウイルスの感染源たるオレに、揃いも揃って冷たい一瞥を食らわせる。

 まぁいい。オレのように自立心が強く孤高を愛する男には、むしろ蔑むような眼差しこそ肌に合うというものだ。本来、男とは、一歩家から外に出た時点で、最低でも七人の敵を抱えてしまう生き物なのだ。その七人が三十数人になろうと、オレにしてみれば何ら変わりはない。

 惜しむらくはオレが未成年だという事だ。未成年でもなければこんな時、バーボンのグラスで喉を湿しながら一人静かに男の孤独を楽しめるというものを。

 席に座り、鞄から取り出したペットボトルの液体をぐびぐびと呷る。琥珀色の中身は、もちろんバーボンじゃない。今朝、キッチンで煮出した自家製の麦茶だ。

さすがに今日ばかりはあの中島もオレに声をかける事をせず、教室を巡ってはひたすらオトモダチ作りに奔走している。

孤独で、それでいて静かな朝―――

「お、おはよう、小宮山くん」

「は?」

思いがけず背後から名を呼ばれ、弾かれたようにオレは振り返った。

 ウイルスの宿主であるオレに、わざわざ声をかける奇特な人間がいるとすれば、思い当たる人間は一人しかいない。

「き、霧島?」

 そこには、明け方の青空よりもなおすがすがしい笑顔でオレを見下ろす霧島の姿があった。

「お……おはよ……ってか、どうしたの?」

 すると霧島は、はにかんだような笑みを浮かべると、オレに一枚のハンカチを差し出した。

「これ……昨日、結局返しそびれちゃって」

「え? ―――あっ!」

 霧島の言葉に、オレは初めて思い出した。

そう。あれからオレは、結局霧島からハンカチを引き取る事なく、駅前で霧島と別れてしまったのだった。ハンカチの事を、完全に失念したまま。

「昨日は、ごめんなさい。一応、洗ってはおいたんですけど」

 なるほど受け取ったハンカチは、ワゴンセールで買った三〇〇円の安物に対するにはあまりにももったいないほどに、糊を利かせ、その上、丁寧にアイロンまで当てられていた。

 ん? 

洗っておいた―――って事は……まさか! 

オレは今一度、ハンカチに目を落とした。

こいつっ、持ち主よりも一足お先に、霧島と一晩を共にしたと!?

しかも、霧島の家で洗ってもらったという事はつまり、霧島のパジャマやら下着やら、あまつさえ、おぱんつなんぞと、同じ洗濯槽の中で、絡んだり、睦み合ったり、こすりあっていたという事かぁぁ!?

「ど、どうしました? ひょっとして、まだ汚れが……?」

 不安げな霧島の声に、オレはようやく我に返った。と同時に、激しい自己嫌悪がオレを苛む。

「いや、汚れてるのはむしろ、オレの方……」

 そうとも、オレは汚れている。むしろ汚れそのものと言っても過言じゃない。

「あ、あの、よろしければ……中の方も確認して頂けると、うれしいです」

「え? 中の方?」

 霧島に促されるように、オレはそっとハンカチを開いた。―――すると。

「ん?」

そこには、一枚の小さな紙切れが差し挟まれていた。その紙面には、こんな一文が―――

『私と男の友情を結んでください』

 瞬間、オレは、心臓が石になる心地を覚えた。 

友情―――それも、男同士の。

「……」

「あ、あの、ダメ、ですか?」

「あ……いや、別にいいけど」

 ひたすら虚脱の体で、応じる。 

ああ、灰になるって、真っ白な灰になるって、きっとこんな感じ。

「本当ですか?」

「あ、ああ」

オレが頷くや、霧島は、その白い頬をいちご大福のようにほんのりと赤らめ、嬉しそうにほころばせて見せた。

「嬉しいっ!」

それは、オレがオオカミさんだったらペロリと飲み込んでいたであろう、たいそう愛くるしい微笑みだった。

だが――――今更ながら、オレは自分に言い聞かす。

男……なんだよな、こいつ。


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