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十七章

そろそろ終わりです。あと少し。

「我が霧島家は、代々、全く女が生まれぬ家系でのう」

試合後、道場奥の小さな座敷へと通されたオレ達は、そこで、爺さんが葵に女装を強いた、その本当の理由を聞かされる羽目になった。

 セットでもネタでもなく、庭先では当たり前のように獅子脅しがカッポンカッポン言っている。今日日、ドラマの見合いのシーンか、資産家のジジイが政治家と黒い密約を交わす場面でしかお目にかからないような純和風の部屋にて、オレ達小宮山家と葵は、極上の玉露をすすりつつ、やくたいもない爺さんの話に耳を傾けていた。

「ほれ、この写真を見るがいい。どいつもこいつも、ゴリラのような男ばかりじゃろう」

 そう言って爺さんがちゃぶ台に突き出したのは、爺さん曰く、とある親族とやらの結婚式の集合写真であるらしかった。確かに新郎側には、霧島先生の姿をコピー&ペーストしたかのようなゴリラ人間がずらりと並んでいる。身長の大小こそ違え、一族郎党もれなくあの顔である。どんだけ伝播性の高い遺伝子だよ。メンデルが見たら腰を抜かすぞ。

「すごぉい。サルの惑星みたい」

「よくまぁ、こんな毛深い家系から葵ちゃんが生まれたわよねぇー」

「浮気してたんじゃない? 葵ちゃんのお母さん」

「そ、そんなはず……」

 めいめい好き勝手にのたまう女連中に負けじと、爺さんも好き勝手に吠える。

「じゃからワシは、ずっと欲しておったのだ……女の子を! 丸くて小さくて愛らしくて、『お爺ちゃん、ダイスキ』と言って背中から抱きついてくれる、いい匂いのする孫娘が、欲しかったのぢゃあっ!」

「そのために、葵を?」

「うむっ!」

おもむろに、爺さんは頷いた。気迫や存在感という点で言えば、道場で相対した時の爺さんと何も変わらない。むしろ、その気迫は先程よりも強いぐらいである。

が、何故だろう。ちーっとも畏れを感じない。

「つまり、女の子のお孫さんが欲しかった、と……」

「そうじゃ! 葵はのぉ、生まれた時からそれはもう玉のように可愛くて可愛くて……最初に葵を抱いた瞬間、ワシは確信したのじゃ! こやつならば、女の子としても充分可愛らしく育つに違いないと!」

「お爺さん、絶対にうちの病院に受診しに来ないで」

「そして、今や葵は、そんじょそこらのオナゴなんぞ霞んでしまうほどに可愛らしい女の子に成長した! その葵を、お前は男に戻せと……戻せと言うのかぁっ!?」

 爺さんの血走った白目に、興奮で赤く膨れた顔に、干乾びた唇から飛来する唾に、オレは何とも言えないやるせなさを覚えていた。

 何だろう、この、まるで小学生の頃にしたためたラブレターを、高校生の今になって目の前に突きつけられているような居たたまれなさは。幼稚園の頃、プールで遊んでいて突然尿意をもよおし、我慢が出来なくてその場で出してしまった話を、今更聞かされるような所在無さは。

「お爺様。私は決して、男に戻りたいと申している訳ではありません。―――ただ、学校の皆さんと正直に接したい、そのために、正体を明かす許可を頂きたい、ただ、それだけを申し上げたかったのです」

「で、では、これからも、女の子のままでいてくれるのじゃな?」

「はい」

 自分の人生を大きく狂わせた爺さんに、恨み言の一つも言わず、葵はにこりと優しく微笑んだ。本当にこいつは、天使か何かの生まれ変わりじゃなかろうか。

「とりあえず、これで万事解決だな」

「うん。ありがとう、修司くん」

 そう言って、振り返った葵の笑みは、これまで見た葵の笑顔の中でも別格に萌えた。

 やっぱ、こいつ、可愛い……。

「おい、修司君」

「は、はい」

「ところで貴様、葵とはどこまでいっておるのぢゃ」

 やおら、ギロリとオレを見据えながら爺さんは言った。

「良いか。今回はあくまで、葵の正体を学校に明かすかどうかを賭けて戦ったに過ぎん。葵との交際の許しを得たくば、改めてワシと勝負せいっ!」

「はぁ!? っていうか、葵は男なんでしょ!?」

「やかましいっ! たとえ身体は男でも、ワシにとっては可愛い孫娘に変わりないのぢゃあ!」

 刹那、オレは爺さんに対して感じていた居たたまれなさの正体に気付いた。

 そうか、これが、いわゆる同族嫌悪ってヤツか。



 話を終えるや、オレ達は早々に道場を後にした。

帰りしな、道場の門下生達が玄関先に勢揃いし、野太い声で母さんや姉貴、そして綾菜を見送っていたのが何とも痛々しかった。

 そんな汗臭い門下生達の最前列に進み出た爺さんが恨めしげに呟いた一言が、いやに印象的だった。

「いいなぁ、女の子だらけの家族……いいなぁ」

 それほど羨ましいのなら、一度オレと交代してみてはどうかと言いかけたが、やめておいた。こいつらとの日々は、多分、能天気なハーレムライフを夢見る男性諸氏にはあまりにヘヴィに過ぎると思われたからだ。そもそも、掃除や洗濯、料理が出来なければ小宮山家の男子は務まらない。ちなみにオレの親父も、生前は母さんの代わりに家事に育児にと奔走していた事を、今更になって思い出す。

 空を見上げる。空には早くも夜の帳が降り始めている。

「今日は……本当に、ありがとう」

 爺さんの傍らで、葵が柔らかく微笑む。

「いや、いいんだよ。そんじゃ明日、さっそくクラスのみんなの前で宣言しような」

「うん!」

 こく、と葵は力強く頷いた。

「そうそう、修司」

 病院に戻る間際、母さんが運転席の窓から顔を覗かせた。

「今日は遅くなるけど、晩御飯、用意してて」

「うん、いいよ。リクエストは?」

「決まってるでしょ。肉よ肉っ! ちょうど生理が始まっちゃってさぁ、タンパク質取らないとやってけないのよねぇ」

「あの、だから言ってるだろ? 息子の前で、そういう話はやめてくれる!?」

「わかるぅー。綾菜も肉食べたい!」

「じゃあー、帰りにスーパーでお肉を買って帰りましょー」

「さんせー!」

「いや、頼むから、その格好で寄り道はしないでくれ! まっすぐ直帰してくれぇ!」


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