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十三章

男の娘とのほのぼのラブコメ。

今思ったんだが……男の娘とのラブコメはBLに当たるのか? 当たらないのか?

むずかしい。

マンションに帰り着いたのは午後も六時を過ぎた頃だった。

 この時のオレは、両手両脇に大量のクマさんやらウサギさん、ネコさんのぬいぐるみを抱え、完全にメルヘンの国の住人と化していた。そして鈴なりに提げた紙袋には、某深夜アニメのヒロインやら某人気コミックキャラの超絶美麗フィギュアがぎっしりと詰まっている。いずれもネトオクにて高値で取引されているものばかりだ。

これらの品々は、恥ずかしながらオレの戦利品ではない。クレーンゲームの最中、突如ニュータイプに目覚めた霧島葵によって怒涛のごとく獲得された品々の、そのごく一部に過ぎなかった。

葵の駆るクレーンは、まるで独自の吸引力でも備えているかのごとく、面白いほど次々と商品を掴み取っていった。曰く、どこにアームの爪を掛ければ商品を取れるのか、考えずとも勝手に視えてしまうのだという。奴の身体には、某名門忍者一族の血が流れているに違いない。

何はともあれ、最終的には葵も無事に元気を取り戻してくれたワケだし、オレはオレで、前から密かに欲しいと思っていたフィギュアをゲット出来たしで、オレにしてみれば何ともお後のよろしい一日であった。

そんな事情もあって、オレは、ほくほく顔で玄関のドアを開いたのである。

「ただい、」

「しょーにんかんもんを、よーせいしますっっ!」

 ただいまと言いかけたオレの声は、突如リビングから響いた綾菜の声によって掻き消された。

「そうねぇ、かくなる上は、ぜひ一度うちにご招待して、根掘り葉掘り事情聴取しなきゃね」

「よーし、じゃあ今夜は、前祝いとして盛大に赤飯パーティといこうかしら!」

「あら、でもお母さーん。赤飯なんて誰が用意するのー?」

「そんなもん、あいつに炊かせるに決まってるでしょ。だってあいつのお祝いなんだから」

「そうねー。シュウくんのお祝いなんだから、シュウくんが炊くのは当然よねー」 

何だ、この不穏かつ身勝手な会話は。ってか、オレのお祝いって、何?

高二にもなって七五三もあるまいに。そもそもオレの高校入学時でさえ、入学金がかさんだと言ってパーティのパの字も開こうとしなかった連中が、今更、赤飯を炊いてオレの何を祝うだと? 

 ―――まさか。

 嫌な予感を奥歯に噛み締めつつ、オレは、ドアの隙間からそっとリビングを伺った。

 そこには、真剣な表情でダイニングテーブルを囲む、部屋着姿の妹と下着姿の姉、そして、外出から戻った直後なのだろうか、珍しく丁寧な化粧を施した母さんの姿があった。

 そんな彼女達が囲むテーブルの上には、いやに見覚えのある機材類が……って、オレがこの間まで葵の身辺を調査するのに使ってた、高性能集音マイクと双眼鏡じゃねーか! しかも、よく見るとマイクだけでなく、デジカメやらハンディカムなんぞまで丁寧に取り揃えてある。

 パン! 

「何よこれっ!」

やおら綾菜は、覗いていたハンディカムの液晶を畳むや大声で怒鳴った。

「ほんっと気持ち悪いっ! 何よこのニヤケ面! 友達の口についたケチャップを拭くのが、そんなに楽しい? ああキモいっ! 変態よコイツ!」

 やっぱりぃ! あいつら、オレと葵の買い物を尾行してやがったぁ!

「あら、今頃気付いたのアヤちゃん。シュウくんは生まれた時からヘンタイだったわよー」

「許っせない! 帰ってきたらブン殴ってやる! グーで殴ってやるんだから!」

「甘いわね、綾菜」

その時、ブンむくれる綾菜の気焔を遮ったのは、母さんの冷徹な声だった。

「その程度のカモフラージュに惑わされるなんて。まだまだ初心者ね、あんたも」

「ど、どういう事よ? お母さん」

「いい? 綾菜。よく聞きなさい。この場面で奴が犯した最大にして真の犯罪、それは―――」

「それは?」

「こんな可愛いコを捕まえて、無理矢理ホットドッグを食わせた事、これよっ!」

 バン! 母さんの平手が激しくテーブルを叩く。ってか、何でホットドッグが!?

「そうよねー。女の子に男性器を彷彿とさせるモノを食べさせて、人知れずオイシイ思いに浸るのは、万死に値する変態的所業よねー」

 不穏当な言葉を、へーぜんと、しかもにこやかに言うなぁああ姉貴っっ! あと、ホットドッグからそーゆー発想に行き着くのって、一部のオッサンとあんたらだけ!

「死刑ね」

「そうねー。死刑よねー」

「しょーにんかんもんを、よーせいしますっ!」

いや、友達にホットドッグ食わせたら死刑なんて法律、一体どこの六法全書に書いてあるんだよ!? つか、事実確認も質疑応答もなしに、いきなり判決!? 

その前に、さっきはオレを祝うとか何とか言ってなかったか? 祝った後で死刑なのか? それとも死刑の後で祝うのか? 

「というワケだから、修司」

 ぎろ。 

刹那、母さんの鋭い眼差しが、ドア越しに中を伺うオレの方へと向けられた。

まさか、最初からオレの存在に気付いていたとでも!? 

「おかえり」

 そして母さんの顔に貼りつく柔和な笑み。ああ、やっぱ気付いてやがった。

「た、ただいま……」

 たとえ逃げても、いずれはどうせ殺される。観念したオレは粛々と奴らの前に出頭した。

と同時に、姉妹の眼差しがオレに釘付けとなる。

「お兄ちゃん……それ、何?」

 じっ。オリーブグリーンの瞳を見開きながら、綾菜はぽつりと訊ねた。その視線の先には、オレの小脇に抱えられた大量のぬいぐるみ達が。

「何って、オレを尾行してたんなら分かるだろ? クレーンゲームで葵が取った戦利品だよ」

「ああ、尾行は途中でやめたの。なんか飽きちゃって」

 母さんがいともへーぜんと白状する。どうやら尾行の事実を隠す気はゼロであるらしい。

「シュウくん、かぁわいいー」

「オレの趣味じゃねぇよっ! ……ってか、どうやってオレを尾行してたんだよ、お前ら」

「決まってるじゃない。変装よ」

「変装?」

「そ。ウィッグで髪型を変えて、それにメイクと服を変えたら、もう家族だって分からないなんて。あんたってほんと冷たいわよね」

「わ……悪かったな」

 くそ、完全に不覚だった。一応、学校の連中には鉢合わないよう気を付けてはいたのだが、よもや母さんが紛れていようとは。

「まさか、姉貴と綾菜も?」

「ううん、尾行はお母さんだけよー。その間、お姉さんとアヤちゃんは、普通にお買い物ー♪」

 どっちにしろモールには来てたのかよ。そして、今更ながら思うのだが、この親にしてこの子あり、オレがうっかり葵へのストーキング行為に血道を上げてしまったのも、きっと母さんの血あってこそだったのかもしれない。つくづく不必要な親子の絆である。

「で、やっぱ姉貴が喋ったの?」

「ん?」

「オレが、葵と買い物に行くって事」

「さぁ。お姉さん、よく覚えてなーい」

 その弁が事実だとすれば、今すぐ脳神経外科にでも行ってCTを撮ってもらうがいい。つい昨日の出来事を、覚えていないはずがあろうか。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。このぬいぐるみ、綾菜にちょうだい」

「ああ、煮るなり焼くなり勝手にしろ」

 わぁい。先程までの怒りをコロッと忘れ、綾菜は早々にオレの腕からぬいぐるみをもぎ取ると、小躍りしながら自分の部屋へと運び込んでいった。おい、オレをグーで殴るんじゃなかったのか? バカだとは思っていたが、よもやここまで単純な奴だったとは……。

「で、修司」

ふと母さんはオレに向き直り、声を改めて訊ねた。

「結局のところ、葵ちゃんは男なの? それとも女なの?」

「う……それは」

 あまりにも単刀直入な質問に、オレは思わず言葉を詰まらせた。通常の手合いであれば、ここは意地でも秘密を隠し通すべき場面である――――が、相手はあの母さんだ、しかも、会話の一部始終を集音マイクで傍受されているオレに、もはや隠し事を謀る意味はなかった。

「お、男。……だと、思う」

「はぁ!? あんた、まだ確認してないの!?」

 呆れたとばかりに、母さんは素っ頓狂な声を上げた。

「し、してねーよっっ! ってか、確認って何だよ確認って!」

「決まってるじゃない。強引に押し倒して、服を引き剥いて裸にするのよ」

「は……裸?」

 その時、オレの脳裏を、乱暴に衣服を引き剥かれ、キワドい部分をその細腕で必死に隠しつつ、涙目でオレを見つめる葵の姿がちらりと掠めた。

白い素肌を紅潮させ、「もうやめて、修司くん……」と、涙声で訴える葵の姿が。

 って、やっぱオレ、ヘンタイかぁあ?

「そ、それってただの犯罪じゃねーか! ってか、そもそも葵は彼女でもねーし、ただの男友達だし!」

「無理に否定する必要はないのよ、修司。本人同士に愛があれば、たとえ相手が男だろうとボノボだろうと、生温かい目であんたを見守ってあげるわ」

「いや、ボノボはさすがにねーよ!」

「あらシュウちゃん。ボノボをバカにしちゃダメよ。あの子達は人間と同じで年中が発情期なの。いつでもどこでもヤリたい放題。素敵な性生活をエンジョイできるわ」

「年中サカってんのは姉貴だろうがよ! ってか、ボノボの話はもうどうでもいいんだよ! オレは本当に、葵とは何でもねぇの!」

「お兄ちゃんのウソつき!」

 今度は、リビングへ戻ったばかりの綾菜が喚く。

「いきなり何だよ、綾菜」

「じゃあどうして、葵ちゃんの口からケチャップを拭こうとした時、あんなに嬉しそうにニヤニヤしてたの!?」

「しょ、しょうがねぇだろ!? あいつは男だけど、でも、見た目はほんとに、まんま女で……その上、すげぇ可愛くて……」

「シュウくん」

 不意に姉貴が、珍しく真面目な面持ちでオレを見据えた。

「自分の気持ちに、正直になりなさい」

「あ……姉貴?」

「いいじゃない、男の子同士でも。大切なのは愛。そう思わない?」

「で、でも、そうは言っても、やっぱり男同士なんて、オカシイっつーか……」

 すると姉貴は、頬に柔らかな笑みを取り戻すと、再びいつもののんびりした口調で言った。

「大丈夫よ、シュウくーん。近頃は、そういう方面に対する社会の理解も、昔に比べれば随分と進んでるんだからー」

「いや、だからオレは、葵とは何も、」

「ううん。むしろ進み過ぎてるぐらいだしー。むしろお姉さん的には、どんどん進んでくれた方が色々と楽しいしー」

「だから、何もないって言ってるだろ!? 人の話を聞けぇっ!」

「ねぇねぇお兄ちゃん」

「は? 今度は何だよ、綾菜」

「ちなみにお兄ちゃんと葵ちゃんは、どっちが攻めなの?」

「攻めって何だよ攻めって! あと、そんな知識どこから仕入れた!?」

「という訳で、修司」

「は?」

「来週、さっそく葵ちゃんをうちに連れて来なさい」

「ら、来週っ!? っていうか、どういう文脈で今の結論になった!?」

「つべこべ言わないの! あんたってほんとキンタマが小さいわね! あんたのお父さんはそりゃもう、キンもタマもスゴくて、」

「子供の前で、しれっと夫婦のそういう話をするのはやめてくれる!?」

「いぇーい! しょーにんかんもーん!」

「黙れ綾菜!」

「とにかく、修司」

「は?」

「ぜひ一度、うちに来てもらいなさい。彼女だろうと性玩具だろうと友達だろうと、修司にとって大切な存在なら、その子は私達にとっても大切な存在なんだから」

「……母さん」

 あくまでも真摯な母さんの眼差しを、オレは逸らすことができなかった。

 大切な存在。

 確かに母さんは、どうしようもなくタチの悪い独裁者ではある。

だが、人としての義を情を欠かすような人間では、決して、ない。さもなきゃ、人の命を預かる医者なんて仕事は勤まらない。つまり母さんが、まっすぐな目で「大切な存在」と口にすれば、それは確かに、信じるに足る言葉なのだ。

オレに対するのと同じように、いや、それ以上に、葵を大切にしてくれる―――と。

「分かった。明日、さっそく葵に話してみる」

「よろしくっ!」

 ニカッ。景気の良い笑みを浮かべる母さんに、オレもいつしか、つられるように笑みを返していた。こういう時に限って言えば、カッコイイんだよな、オレの母さんは。

ただ、最後にこれだけは言わせてくれ、母さん。

「ちなみに、葵は彼女でも、まして性玩具でもないから」

「は!?」

 オレの言葉に、母さんは信じられないとばかりに鳶色の瞳を見開いた。

「まだシてないの、あんた達!? あたしなんか、お父さんが生きてた頃はそりゃもう毎晩のように、」

「だから、子供の前で夫婦のそういう赤裸々な話をすんのは、マジやめてくれる!?」



 翌日の昼休み、オレは早速、例の件を葵に頼み込んでいた。

「え? 来週……修司くんのおうちに?」

「ああ。お前の事を話したら、是非一度、うちに呼んでくれ、って」

ゴメン。本当は母さんに尾行されていたなんて、死んでも言えない。まして、正体がバレたなんて事を知られた日には、葵のオレに対する信頼は、紐のないバンジーもしくは操縦不能と化したセスナのごとく、まっさかさまに地に墜ちること請け合いだ。

だからオレは、葵が、

「ひょっとして、私の……話した?」

と、不安げに問いかけてきた時も、平静を装ってこう答えた。

「話すワケないだろ。あいつらには、ただの女友達としか言ってないよ」

 昨日のやりとりの後、オレは連中と、このような取り決めを交わしていた。

『葵は連れてくる、ただし、葵が男だという事は、知らないフリを貫いてもらう』

 もちろんこれは、葵を無闇に傷つけないためのオレなりの計らいだった。それに、自分の正体をバラされたと知れば、葵は必ず、約束を破ったオレに軽蔑の眼差しを向けるに違いなかった。当然、葵をうちに呼ぶという話も、お流れになってしまう。

つまり、誰も傷つかず損をしない方法を、オレは採用したのである。我ながら何という英断。

「そっか……」

 にこ。葵の顔に、ようやく柔らかな笑みが舞い戻る。と同時に、オレもほっと胸を撫で下ろす。どうやら、ウソはバレなかったようだ。

「で……来てくれる、かな?」

 恐る恐る訊ねるや、葵は―――

「うん」

 文字通り、天使のような笑顔で頷いた。

 その無心な笑みに、胸の底がちりりと痛む。が、オレはあえて、その痛みに敢然と無視を決め込んだ。いいじゃないか。誰も傷をつかない、誰も損をしない―――

ベストな方法だろう? 違うか?

「じゃあ、お弁当食べよっ」

 言いながら葵は、手提げの紙袋から真新しい弁当箱を取り出した。教科書大のそれは、紛れもなく、先日ショッピングモールで入手した弁当箱である。

「お、おう……」

「見て見て。この間買ったお弁当に、さっそくお昼を詰めて来たよ」

 嬉しそうな笑みと共に、弁当箱の蓋に手をかける葵。果たして、その蓋の向こうにはどんなアウタースペースが展開しているのか。いずれにしろ、これが葵にとって新たな弁当生活の幕開けとなるのは間違いなかった。一人の弁当男子として、新たな一歩を―――

 かぱ。

「え」

 突如、目の前に展開された葵の小宇宙に、オレは呆然とした。

 タコさんウインナーの大行進を、星型に抜かれたニンジンのお煮しめが彩る。色とりどりのふりかけをまぶしたおむすびに、さらにミートボールやらプチトマト、タマゴ焼きが弁当に彩りを添え……って、おい。本気で男になる気あんのか、お前。

 あと、根本的な問題として……お前、それ全部食えるのか?

「最初だから、ちょっと奮発して作ってみたの。どう……かな?」

「う、うん。いいんじゃない?」

―――で、その十数分後。

オレは、いつぞやと同じ悲惨な運命に遭遇する事となる。

「修司くん……」

 未だ半分以上のおかずが残った弁当を悲しげに見下ろしながら、葵は俯いた。

「……ごめんなさい」

 この時、すでにオレは自分の弁当をあらかた平らげ、適度な満腹感に満たされていた。無理をすれば、葵の残したおかずも食えなくはない程の腹具合である。が、食えば最後、確実に午後の授業に支障が生じる。まして今日の五時間目は、よりにもよって霧島先生の柔道である。

 やばい。そんな状態で受け身百連発でも食らおうものなら、下手するとマジで胃袋が破ける。 

とはいえ、今にも泣き出しそうな葵の横顔を目にしては―――

 完食、するしかねぇ。

「わ、わかったから、もう泣くな」

 葵の手から弁当をひったくるや、オレは一気に中身を胃袋へと流し込んだ。明日から、自分の弁当を減らしておこう、と心に強く言い聞かせながら。

その後、柔道場にてオレが地獄を見る羽目になった事は、無論言うまでもない。


え、料理の味? 美味かったに決まってるじゃないか!



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