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騎士は彼女の名を出さない  作者: 西東ヒトツキ
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第3話 『屋敷の幽霊 前編』

「なんですか、これは」


俺が渡したバスケットを不思議そうに見つめてアイレが言った。


「パンです」

「パン、ですか」


アイレがバスケットに被せられた布を取ると様々な種類のパンが見えた。

俺も詳しく内容は知らない。さっきから香ばしい匂いが部屋に漂っていた。


「窓を開けても? 部屋に匂いが付いてはいけないので」

「えぇ、どうぞ」


俺はアイレの後ろにある窓を開けた。

昼下がりの暖かい風が吹き込んでカーテンを揺らした。夏が近い。


「先日の火事が起きたパン屋のパンです。調査の関係で仲良くなったのでたまに足を運ぶようにしているんです。今日は適当におすすめを包んでもらいました。……報酬を受け取りたがらない貴女にちょうど良いかと思って」

「それは、ありがとうございます。厨房に渡して食事に出してもらいましょう」


部屋に置いとくものだと思ったが、なるほど厨房に渡した方が食事の量もあって都合が良いわけか。


アイレが「メノ」と呼ぶといつもの侍女が部屋の隅から足早に寄ってくる。そのままバスケットを受け取ると一礼して部屋を出ていった。そういえばいつも顔は見ているが、名前を聞くのは初めてだ。


「それで、事件は無事に解決……というより決心ができたのですね」

「はい。最終的に事故として処理しました。……連続放火があった場合には責任を取る覚悟が決まった、ということになりますね」

「ふふ。騎士団も大変ですね」

「ですがまぁ、それが仕事ですから」


一通り話すことも終え、別れの挨拶もほどほどに俺はアイレの部屋をあとにした。そういえば初めて彼女の部屋に事件を持ち込まなかった。どこかむず痒さを感じる。


「騎士様!」


玄関前で呼び止められた。はて誰の声だったか。


振り向くとアイレの侍女であるメノが駆け寄ってきていた。


「どうしました?」

「はぁはぁ、あ、あの、相談したいことがありまして」

「相談、ですか?」

「はい。あの、最近、屋敷の中で変なことがよく起きるんです」

「変なこととは?」

「えと、夜中に廊下を走る音が聞こえたり、厨房から食べ物とかお皿がなくなったり、図書室から本がなくなったり、それから中庭を挟んで向かいの窓から人影が見えたり……とにかく屋敷が変なんです!」

 

メノは両方の拳を握って力説してきた。

思いの外お喋りなのかもしれない。

それにしても屋敷が変、か。


「アイレさんには言ったのですか?」

「はい。アイレお嬢様には何回か話しました。ですがその度に、変な話はやめてください、と強く言われてしまいまして」


どこか居心地悪そうにメノは言った。主人を悪く言うのは苦手らしい。


それにしてもあのアイレが? どこか変だな。


「それで私にどうして欲しいと?」

「えーと、その、あれ? どうして欲しい? その、えと、助けて、欲しいんです!」


まったく要領を得ないが、彼女もどうして良いかわからないのだろう。


「その、中庭で人影を見たって娘が、この屋敷には何かがいるんだって言うんです。最初はそんなわけないって思ってたんですけど、こう、何度も変なことが起きると、私、怖くなって……。だからその、助けてくれませんか? 騎士様ならなんとかできると思って……」


最後は消え入るような声で言った。


かわいそうに思えたが、とはいえ屋敷のことは屋敷の主人に判断を仰がねばどうにもならない。


「わかりましたが、いくら私が騎士で伯爵家の者だろうと、あまり他の家のことは関与できません」

「ですよね……すみません。突然変なことを言ってしまって」


そう言ってメノは無理に笑った。


「……」


こうして俺はまたアイレの部屋に戻ってきた。


「随分と早い再会ですね。私の家の前で事件でもありましたか?」

アイレは静かに本を閉じて表紙を撫でながら俺の方を見た。

「正確には家の中ですね」


さっきのメノの話をするとアイレは露骨に嫌な顔をした。聞いていた通りだ。


「アイレさんの家のことですし、アイレさんがどうにかするしかないと思いますが」

「訳のわからない噂にいちいち付き合うのも面倒なのですよ。ベルツさんも騎士ならわかるでしょう?」

「確かに人の噂には日頃辟易してますが、火のないところになんとやら、ですよ。現に貴女の侍女は限界そうでしたが」


そう言って部屋の隅に立っているメノの方を向く。

メノはびっくりした顔をした後、アイレと目が合ったのか気まずそうに苦笑いをしてそっぽを向いた。


「そうは言っても私は屋敷をあちこち見て回る体力がありません」

「貴女が許可をくれれば私が見て回ることも出来ます」

「ベルツさんもお忙しいでしょう。人が良すぎるのもいずれ損しますよ?」

「肝に銘じておきます。それで、どうしますか?」

真っ直ぐアイレの目を見て言う。

アイレは観念したように目を閉じて「はぁ」と息を吐いた。「では私も一緒に回ります」


少ししてメノが車椅子を押してきた。おそらく寝室にあったのだろう。


体の弱いアイレを動かしてしまうことに気付いたのはアイレがメノに車椅子の用意を命じてからだった。


屋敷の調査に持ち主が同行しないわけにはいかない。仮にも貴族なわけで、自分の浅慮が恥ずかしい。


「お待たせしました。では行きましょう」


アイレは車椅子に座り上から膝掛けをかけていた。


「まずはどこに行きしょう。メノさんが案内してくれると助かります」


「わかりました。まずは、足音が聞こえた廊下です」


該当の廊下までかなり時間がかかった。


それもそのはずで、その廊下は2階にあったのだ。


当然車椅子では2階に上がれない。


どうしたものかと考えて、結局車椅子に乗ったアイレごとそのまま俺が担いで上がった。


言うまでもなく危険な行為だが、背負う方が成人したばかりの侯爵令嬢と密着するという点で、もっと危険だと判断した。


こういう時のために普段から騎士は鍛えている。多分。


「ここがあなたの言う廊下ですか? メノ」


アイレが興味なさそうに聞く。


「はい、そうです。ちょうど私の部屋の前になります」


そう言ってメノが一つの扉の前に立つ。


なんの変哲もない廊下に見える。


「ここで音がしたのですか?」

「はい。夜中の2時くらいでしょうか? 次の日の準備が長引いて寝るのが遅くなってしまった日でした。


さぁ寝なきゃとベッドに入ったら、どっかから音がしたんです。お屋敷に住んでいる方は多いので、何かしら音がしても不思議なことではないんですけど、その音はどこか違くて、一定の間隔で聞こえたんです。


寝なきゃいけないんですけど気になっちゃって。


それで耳を澄ましていると、段々その音が大きくなってるんです。少しして廊下を走ってる音だと気づきました。


そのまま足音はタタタッと私の部屋のドアの前を通り過ぎて行ったんです。いくらなんでもそんな時間に屋敷を走り回る人なんていません。


なので私、怖くて怖くて、もしかしたら、その、お化けの類なんじゃないかって思って。その日は頭まで毛布を被って寝ました」


ふむ。


「……どう思います? アイレさん」


メノが話している最中、アイレがどこかぼんやりしていたので確認も兼ねて聞いてみた。


「え? あぁ、そうですね。……聞くに、そんなに不思議な話でしょうか? そんな時間に走る使用人はいないと言いましたが、貴女は普段寝ている時間でしょう? そんな人がいないとは言い切れないのでは? それに、急用があったのかもしれませんし」


「それはまぁ、そうなんですけど」


メノは不満そうに言った。


結局はここではなんの手がかりも手に入らなかった。


「それじゃあ次は厨房です」


厨房……その前に聞かなきゃいけないことがある。


「それは何階ですか?」


いつの間にか笑顔に戻ったメノが言う。


「1階です!」


登りと同様に死ぬ気で車椅子ごと階段を降り切った。


途中でアイレがおぶってくれても良いのですよ? と言ってきたが聞こえないフリをした。車椅子ごと担がれるのはアイレにとっても辛いらしい。


厨房に行くと料理人が2人いた。


夕飯の仕込みをしているらしい。


俺が渡したバスケットが置いてあった。


彼らはアイレの姿を見つけると声に出して驚いていた。


普段見ることはないらしい。


そのまま噂について尋ねる。


「厨房でなくなったもの? あぁ、ありますよ。近頃皿やらスプーンやら、残った果物やらパンやら、そういったものが気がつくとなくなってるんですよ。」

「使用人の誰かしらが勝手に持って行っていると思ってるんですが」

「まぁ、特別困ることもないのですが、問題は盗人がいるかもしれないってことでして。……とはいえ侯爵様やご夫人にお伝えするにも、どこか規模が小さいし、恥ずかしい話、私たちが無くしてないとも言い切れないこともあって悩んでたところなんです」

「なんで今回お嬢様が来てくださって良かったです」


薄く微笑むアイレが小さく「私に言われても」と呟いたのは聞かなかったことにする。


「お二人はこの件についての噂はご存知ですか?」

気になって聞いてみる。


「噂? あー、怨霊だなんだってやつですかね。そんなことはないと思いますけどね」

「俺も怨霊ってのは流石に……。けど、彼女なら怨霊として出てきてもおかしくはない、かもしれないですね」


新しい情報だ。


「彼女、とは?」

「あー、お嬢様がいる手前で話すのもアレですが、数年前まで雇われてた使用人がいたんですが、そいつが横領していたとかなんかで唐突に辞めさせられたんですよ」

「あったな、そんなこと。風の噂じゃ罪をなすりつけられたとか、絶望して自死したとか言われているが、実際どうかはわからないですね」


重要そうな、重要でなさそうな。よくわからない情報を手に入れた俺たちは、厨房を後にして図書室に向かった。


ちなみに先ほどの証言に対してアイレは「知らない」とだけ言った。


道中で中庭に出る。甘い匂いがする。


俺の知らない花が沢山咲いていて、中心には噴水があった。外に出られないアイレのために侯爵が用意しているのだろうか。


部屋を出てからあまり喋らないアイレを見て思う。


「聞いた話だとあの辺の窓に人影があったらしいです。見た人が言うにこれは怨霊らしいです」

車椅子を押すメノが左手を離して指差した。

屋敷の令嬢の前でよく言えるな。


なんの変哲もない窓。

メノも人から聞いた話で詳細を知らないからかこれ以上は特に説明もなかった。


「着きました。図書館です」


図書館の中は街の図書館と遜色ないくらいの蔵書数があることはパッと見でわかった。

アイレが本好きなのもここから影響しているのかもしれない。

俺の家より立派だ。


「どの本がなくなったのですか?」

気になってメノに聞いてみる。


「確か児童書だと聞いてます。児童書と言っても学校に通い始めくらいの子が読むような」


児童書。変な幽霊だ。


それから3人で図書館を回ってみるも当然何もなく、途中アイレが何冊か持ち出して、俺達の調査は終わりを告げた。


「大丈夫ですか?」

「……私ですか? はい。大丈夫です」


部屋に戻ると、明らかにいつもと違う様子のアイレが心配になる。


連れまわし過ぎたのかもしれない。


「……ベルツさん」


アイレがぼんやりとした目でこっちを見る。


「今夜空いてますか?」


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