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社畜復讐  作者: 我茶
5/6

第5章 最低限よりも少し上

全てが壊れてしまった社畜の悲しい復讐劇

会社には年に二度、評価面談があった。

目標設定。

進捗確認。

成果の数値化。

それらはすべて「公正」を装っていた。

相沢は、離婚前までS評価を狙っていた。

残業も厭わず、数字も追い、提案も出した。

だが返ってきたのは「まだ甘い」の一言だった。

それ以来、期待することをやめた。

今年の目標設定シートを前に、相沢はペンを持つ。

売上目標——部署平均の八割。

改善提案——最低限。

資格取得——なし。

向上心のない記入欄だった。

面談の日、黒田は眉をひそめた。

「やる気がないのか?」

「現実的な目標です」

淡々と答える。

「もっと上を目指せ」

「達成できない目標は意味がないと思います」

黒田は一瞬、言葉を詰まらせた。

反論ではない。

理屈だ。

会社は“合理性”を否定できない。

「……好きにしろ」

評価はC。

可もなく不可もない。

降格もない。

昇進もない。

理想的だった。

相沢は仕事を「八割」で止めるようになった。

提案資料は完成度八割。

営業先へのフォローも八割。

会議での発言も八割。

不足はない。

だが、熱もない。

黒田は苛立つ。

「もっと詰められるだろ」

「指示があれば修正します」

主導しない。

責任を背負わない。

だが、命令には従う。

管理職が最も扱いづらいのは、

従順だが主体性のない部下だ。

評価を下げる理由が見つからない。

若手は気づく。

「相沢さん、最近力抜いてますよね?」

「抜いてない」

「なんか、前より……」

相沢はキーボードを打ちながら言う。

「会社は、八割で回る」

「え?」

「十割でやるから足りなくなる」

それは真実だった。

人員は常に不足している。

全員が全力を出す前提で設計されている。

ならば、出さなければいい。

八割を全員が選べば、会社は回らない。

だが、個人の責任にはならない。

相沢はそれを、静かに伝える。

「無理するなよ」

その一言は、優しさにも聞こえる。

評価制度には、もう一つの穴があった。

個人目標は自己申告制。

低く設定すれば、達成率は上がる。

達成率が高ければ、形式上の問題はない。

相沢はそれを若手に教えた。

「目標は現実的に」

「高すぎると評価落ちるぞ」

実際は違う。

高く設定し、達成できなくても努力が評価される場合もある。

だが、曖昧だ。

曖昧な制度は、解釈で揺らぐ。

若手は保守的になる。

攻めなくなる。

挑戦しなくなる。

会社はゆっくりと停滞する。

四年目。

業績は微減を続けていた。

会議室の空気は重い。

「なぜ伸びない」

役員が言う。

誰も答えない。

相沢は数字を見つめる。

伸びない理由は単純だ。

挑戦する人間が減ったからだ。

そしてその減少を、彼は後押ししている。

「最近、皆守りに入ってるよな」

同僚がぼやく。

相沢は小さく頷く。

「攻める余裕がないんだろ」

余裕。

便利な言葉だ。

本当は、意欲が削がれているだけだ。

だが、誰も因果を追わない。

黒田の評価は下がり始めた。

部下の成果が伸びない。

離職率が高い。

管理能力を疑われる。

黒田はさらに締め付けを強めた。

だが、締め付けは逆効果だった。

若手は沈黙し、やる気を失い、転職サイトを見る。

相沢は何もしない。

ただ、相談に乗る。

「焦らなくていい」

「他も見てみろ」

「視野は広い方がいい」

背中を押す言葉。

突き落とさない。

選んだのは本人だと、全員が思う。

ある夜、黒田が珍しく弱音を吐いた。

「最近、上からの圧がきつい」

飲み会の帰り道だった。

「俺も限界かもしれん」

相沢は歩調を合わせる。

「大変ですね」

それだけ。

同情もしない。

責めもしない。

黒田は続けた。

「部下が育たない」

相沢は心の中で訂正する。

育たないのではない。

育てない空気にしたのだ。

だが口には出さない。

「難しいですね」

その曖昧さが、黒田をさらに孤立させる。

家に帰ると、相沢はノートを開いた。

・評価制度活用成功

・部署挑戦意欲低下

・黒田管理力低下

順調。

文字を眺めても、心は波立たない。

ただ一つ、体の変化があった。

最近、胃が痛む。

検診で「軽い胃炎」と言われた。

薬を処方されたが、通院はしていない。

どうでもよかった。

人生は長い。

会社が潰れるまで。

その間、自分がどうなるかは計算に入れていない。

むしろ、それも含めて賭けだ。

守るものはない。

失うものもない。

そう思ったとき、

ふと、美咲の顔がよぎった。

「未来が見えない」

あの言葉。

未来。

相沢は静かに息を吐く。

未来はある。

会社の終わりという未来が。

それで十分だ。

八割で働きながら、

十割で壊す。

誰も気づかない。

最低評価間際の男が、

会社の寿命を削っていることに。

蛍光灯の白い光の下で、

今日も相沢はキーボードを叩く。

音は規則正しく、淡々としている。

まるで機械のように。

次回、第6章は3月15日 19時更新予定

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